2018年の嬉しいサプライズ

昨年の12月 MSPMedical Service Plan-公的健康保険)の保険料を3か月分支払ったのですが、請求書を見ると、請求額が前回支払った金額の半分になっていました。

前回の支払いで過払があったのか、不足があったのか、などと疑問に思いながら支払いを済ませ、そのまま忘れていたのですが、今年に入り、友人との雑談の中で、その理由がわかりました。

昨年7月のBC州の議会選挙で、過半数に1議席届かなかった与党のBC 自由党がようやく第一党を確保したのですが、その後、野党の新民主党と緑の党が政権奪還のため連携し、議席の過半数を占める結果になりました。そこで、16年ぶりの政権交代となり、2017718 BC NDP. (新民主党)のJohn Horgan氏が、新しい州首相に就任することになり、彼の選挙公約である、健康保険料の減額・新しく建設された有料の橋の無料化・BCフェリーのシニア料金の一部無料化が施行されたのです。

橋もフェリ―もBC州の住民のうち、利用するのは一部の人達ですが、MSP(健康保険)の保険料は、BC州の住民である以上、支払う義務があるので今回の保険料減額のインパクトは大きいと思います。

政権交代で、橋の無料化とBCフェリーのシニア料金の優遇は知っていましたが、MSP保険料の減額は、政権交代とは結びつきませんでした。

友人達の話では、保険料半額になるのは嬉しいけど、いずれ保険料が不足するのではないか、また政権が変わったら、保険料は元に戻るとか増額されるかもしれない、という意見でした。

確かに、私達が移住して12年経つのですが、MSPに加入した直後の保険料か2人で月額100ドル未満だったのが、去年は150ドルまで増額されていたのです。医療費(歯科診療と薬代は除く)がすべて無料で受けられるカナダの健康保険、高齢化に伴い、保険料を上げざるを得なかったのでしょう。それなのに、選挙公約を守り健康保険料を半額にしてくれたJohnHorgan 氏に感謝しなくてはなりません。

選挙公約はかならず守るというカナダの政治家、庶民の私達にも分かり易くて、たとえ将来保険料が上がっても、納得できる政治かも知れないと思ったのです。


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# by amtask | 2018-02-03 16:00 | ◎ ひとり言 | Comments(4)

春の兆し

今日は131日、年が明けてもうすぐ1か月が過ぎようとしています。今年のバンクーバーはいつもより暖かく、雨ばかり降っています。天気予報をみると、1週間や10日続けて雨というのも珍しくありません。

それでも徒歩10分ほどのArt class には、欠かさず通っています。Art class に通う道沿いに万作の大木があるのですが、一週間ほど前、その木に黄色い花が咲いているのを見つけました。

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そして万作の木の周辺にスノードロップが群生していることを思い出し、木の根元を見ると、緑色の葉の間に針のような白い花の蕾が見えました。  

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周囲を見回し、上を見上げるとサザンカのような赤い花、下を見下ろすとクリスマスローズも咲き始めていました。「もうすぐ春ですね~♪」という歌が聞こえそうです。
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ある雨上りの朝、アパートの窓から雪を被った山が見えました。雲や霧に隠れていた山頂に雪が降っていたのです。

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本当に今年の冬は雨が多いのですが、1月最後の日曜日、日本から帰ってきた友人から、急なお誘いがありました。「時差ボケから解放されたのに雨ばかり、気晴らしにカードゲームでも」ということで、その日の夕食の為に作ったご馳走をもって駈けつけました。集まった友人の中にお誕生日の人が居るのを思い出し、冷蔵庫の奥にあったアイスワインや、イタリアのスーパーで買ったコーヒーなども持って行きました。鬱陶しい雨の日の小パーティーは、とても良い気晴らしになりました。急だったので、大したご馳走ではなかったけど、良く喋り、よく笑い、楽しい時間を過ごしました。

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今日もまだダークシーズンの真っ只中。楽しい想い出もあった2018年の1月も、もうすぐ終わりです。


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# by amtask | 2018-01-31 17:13 | Comments(6)

バンクーバーでも風邪が大流行

今、バンクーバーでは、インフルエンザが大流行、テレビのニュースでも取り上げられるほどです。私の周囲でも風邪(インフルエンザと普通の風邪)が長びいている人が沢山います。

今のところ、我家は風邪をひいていませんが、昨年の10月日本滞在中に、まず私が風邪をひいてしまいました。症状は、まず喉が少し痛み始め、次が鼻水、そして咳。熱は体温を測らなかったのですが、微熱程度だったと思います。

風邪の原因は、日本滞在2週間を過ぎたころ、気温30度という真夏のような暑さの後、真冬の寒さが来て、おまけに雨に濡れて凄く寒さを感じたので、気温の激変に体がついていけなかったからだと思います。それだけなら、自然に治るのを待つのですが、その時、1週間後にイタリア旅行を予定していたので、必死で早く風邪を治すための情報を集めました。

今、私は日本の健康保険は使えません。なので、日本に来る時は必ず、レスベラトロール(※参照 Resveratrol)とエキネシア(※参照 Echinacea)を持ってきます。それは免疫力増強のためにレスベラトロールは毎日、エキネシアは風邪などの感染症にかかった時に必要だからです。

今回、早く治すために、この2つのサプリに加えて、もう一つの方法を加えました。ネットで調べたところ、いくつかの方法(ビタミンCの大量摂取・背中にホカロンを貼る・葛根湯を飲むなど)がありましたが、ビタミンCの大量摂取が簡単で良さそうなので、ビタミンCの粉末を買い、食後やのどが渇くと、ビタミンCの粉末を水に溶かして、頻繁に飲みました。この方法は、ある薬剤師さんが、ご自分が風邪をひいた時はこの方法で治している、というのをネットで読んだからです。2種類にサプリに加えて、ビタミンCを飲み始めて3日ほど経った頃、風邪の症状は大分軽減し、イタリア旅行出発の直前にはすっかり直っていました。旅行には念の為、2種類のサプリとビタミンCを持参しました。

11月末バンクーバーに戻ったのですが、バンクーバーでも風邪が大流行。おまけに今年の風邪は長引くのだとか。1月も半ば近くになって、風邪をひいた友人から電話がありました。「クリマスにひいた風邪が未だ長引いている。何というサプリを飲んでいるのか教えて」と、風邪をひかない私が飲んでいるサプリの名前を尋ねたのです。

「レスベラトロールを毎日飲んで、風邪をひいた時はエキネシアよ」と答えました。エキネシアは、別名「天然の抗生物質」と言われ、カナダでは、近くのドラッグストアでも売っているありふれたサプリ。北米の原住民が薬として用いていたキク科の植物の根から摂れるハーブで、感染症に良く効くのです。私自身、何度かこのサプリで、医者に行かずに治した経験があるのです。

レスベラトロール(Resveratrol)は、大手のスーパーやドラッグストアで売っているのですが、時々売り切れるようです。友人もいくつかのお店を回っても入手できなかったそうで ようやくSafewayというアメリカ系のスーパーで買うことができました。サプリは薬ではないので、即効性はないのですが、習慣的に飲めば、免疫力がついて、風邪をひきにくい体質になるのだと思います。私は67年前から、免疫力増強のために毎日一粒飲んでいます。その効能については、色々な説があるようですが、私達がアメリカのサプリの会社から個人輸入したレスベラトロールを飲み始めてから、風邪をひかなくなりました。カナダに移住した直後、年2回の日本へ一時帰国すると、いつも時差呆けと風邪で、1週間程寝込んでいたのですが、このサプリを摂り始めたら、日本に戻っても、時差呆けは解消されませんが、風邪はひかなくなったのです。たまに風邪をひいても、寝込むことはありません。

以上が私の風邪対策。風邪は薬では治らないと言います。風邪をひいて医者に行くと、カナダでは薬は処方されず、「野菜スープを飲んで寝ていなさい」と言われるらしいです。(まだ風邪で医者を訪ねたことはありませんが)

また、カナダでもインフルエンザ対策としてワクチンの注射が普及していて無料で受けられるのですが、私は受けたことがありません。副作用がこわいし、ワクチンはある特定のインフルエンザにしか効かないというので、受けません。

とにかく風邪対策のキーワードは、「免疫力」。以上の3つの方法は、偶々私が見つけた風邪対策。人によっては、体質やアレルギーなどで不向きの場合もあると思います。自分に合った免疫力増強の方法を、見つける事が大事だと思います。

[参照]

※レスベラトロール(Resveratrol

2011612日放送のNHKスペシャル『あなたの寿命は延ばせる』、ポロフェノールの一種であるレスベラトロールを摂取することで、生命体が飢餓対策として獲得した"サーチュイン遺伝子(長寿遺伝子)"を活性化させ、「老化を遅らせることができる=寿命が延ばせる」と放映されたそうです。

しかしその後の日本薬学会の発表によると、「~実際は長寿遺伝子を直接活性化しないことがわかりました。一方でレスベラトロールは、抗がん。抗動脈硬化。抗肥満、抗糖尿病。抗炎症などの有益な効果は動物実験で数多く報告されましたが、ヒトを対象とした研究ではなく・・・(中略)。国内で健康食品として流通しているレスベラトロールは一般食品であり、安全性に関してもその摂取基準や上限量も設定されていません」という少し否定的なものでした。

日本の薬事法とかで、日本のレスベラトロールの成分は、カナダやアメリカとは違い、葡萄から作られるので、かなり高い値段で売られています。北米のものは、薬事法の縛りがなく、葡萄や、イタドリという植物という安価な材料を使うことができるので、比較的価格が安いです。

最近、レスベラトロールは、アメリカからカナダに個人輸入が不可となり、カナダ産を購入しています。


エキネシア(Echinacea

北アメリカ原産のキク科の植物で、ムラサキバレンギクとも呼ばれます。北米の先住民が薬草として多用してきましたがその後欧米世界に広まり、今日では免疫力を高めるハーブとして世界中で注目されるようになりました。風邪のひき始めにエキネシアを飲んだ時の方が偽薬を飲んだときに比べ、風邪症状の期間が短くなったこと示す結果が出たそうですが、現在のところまだまだ臨床データが十分でなく開発&研究の余地のあるハーブだという事です。


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# by amtask | 2018-01-22 04:55 | ◎ ひとり言 | Comments(2)

お正月も過ぎて

2018年が明けて、もうすぐ半月が経ってしまいます。この年の初めの半月の間、私は何をしたのでしょう。新年会2回、Art Class 2回、ダンスクラス2回、英語の会話クラブ1回、参加しました。

新年会は、お馴染みの友人11人が郊外の友人宅に集まり、新年を祝いました。外は雨でしたが、部屋の中は和気藹々の雰囲気とポットラックの美味しいご馳走で、楽しいひと時を過ごすことができました。因みに。私のその日に持参したポットラックは、紅茶豚と紅茶卵。枝豆でした。

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数日後は、恒例の日本人・退職者の会の新年会に出席。会員は約180名いるのですが、その日は約80人の会員が集まりました。年一度の総会のあとが新年会です。80人も会員が集まると、お顔は知っていても名前が思い出せなかったり、全く知らない新会員の方もいらっしゃるのですが、久しぶりにお会いした会員の方との会話も楽しく、あっという間に閉会の時間になってしまいました。ご馳走は仕出し屋さんのお弁当、見た目も豪華で、食べきれないほどのボリューム、充分お正月料理を味わうことができました。

会の後半はポリネシアフラダンスのデモンストレーションや、会員も参加して賑やかな新年会になりました。

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Art class 12日から始まりました。日本と違い、カナダでは12日から平日なのですが、流石12日のArt classに来た人は数人だけでしたが、第二週からは、10人ほどの会員が集まり、賑やかになりました。私は2Art classに行ったのですが、34か月も描くことから遠ざかっていた為か、新年になっても、何を描くか決められず、2回とも鉛筆と画用紙を持って人物のスケッチを練習しただけ。でも他の人たちが熱心にキャンバスに向かっているのを見て、良い刺激を受けてきました。


ダンスのクラブに通い始めて約2年が経ちますが、参加者のすべてが顔見知り、インストラクターは居ないのですが、私にとっては殆どが先輩の方です。初日は予想通り参加者が少なく、諦めて帰ろうかと思っていたところに大先輩の男性が現れて、数曲指導して下さいました。年末年始は、多くの人が旅行に行ったり、母国に戻ったりするので、驚くほど人が少なくなることがあるのです。

もう1回参加したのは、インストラクター付の教室、友人に誘われて。昨年秋から数回参加しています。2人のインストラクターから、約20人の参加者がステップを学びます、男性と女性の参加者の比は約10人づつ、時間と共にパートナーは変わっていくので、パートナーを連れて行く必要はありません。音楽♪に合わせて踊るより、ステップの踏み方を学ぶ時間が多いと、、ちょっと飽きてくることもあります。


YMCAEnglish Conversation clubは、バンクーバーに戻った後の初めての参加。10年来のメキシコの友人は旅行中、やはり人も少なくちょっと淋しい雰囲気でした。広い2つの部屋にいくつかのテーブルが置かれ、1つのテーブルに1人のボランティア(英語のNative)が座って、参加者数人が加わり、1時間半会話を楽しむのですが、私のテーブルのボランティアは若いカナディアンの男性。そこに顔見知りのイラン人の女性が加わり、その日の話題、今年の新年はどんな風に祝ったのか?今年のResolutionは何か?を話し合いました。

Resolutionという言葉、英語では、解決・解析という意味ですが、この場合のResolutionは、フランス語の抱負・決意という意味で、新年の挨拶代わりに“What is your resolution for new year?「今年の抱負は?」という風に使われるのです。普段の生活に関連した身近な事を、答えればよいということを、以前通った、近くの公民館の英語クラブで、教えて貰いました。公民館の英語の先生は、その年のResolution は「好物のチョコレートを食べ過ぎないこと。エクササイズに励むこと」でした。そんなことを思い出し、私のResolutionは「もっと遊ぶこと」「2日に1度のエクササイズを引き続き続けること」と答えました。

実はこのYMCAの英会話クラブ、その日は雨の夜だったし、3か月も欠席していたので、英語を聞く耳も鈍り、話す言葉も直ぐには出てこないだろうと、行くことを躊躇しましたが、思い切って行ってきました。10年英語圏に暮らしても、私にとって英語はやはり難しい言語なのです。


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# by amtask | 2018-01-15 04:28 | Comments(6)

2018年のお正月 

明けましておめでとうございます。

今年のお正月は、ポラーベアスイム〈北極熊の水泳大会〉で始まりました。このイベントは、毎年元日にイングリッシュベイで行われる水泳大会。私はバンクーバーに移住して以来、毎年欠かさず見に行っています。ここバンクーバーでお正月といえば、元日だけ、翌日の2日は通常通りの平日になってしまいます。また近くに神社も御寺もないので、初詣に行く感じでこの水泳大会を見に行き、元気をもらってくるのです。

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今年のポラーベアスイム、数十年カナダに住んでいても、まだこのイベントを見たことがないという友人達を誘い、イングリッシュベイに見に行きました。

バンクーバーの冬は雨が多いのですが、私がここに移住して以来、元日に雨や雪が降ったことはありません。今年の元日も良く晴れて暖かい日、その前後の日は曇りや霧が出たのに、本当に不思議です。

水泳大会のスタートは230分。私達は2時に現地に着き、帰りの集合場所だけ決めてそれぞれ好きな場所で見ることにしました。私はいつものように波打ち際まで行き、まじかに見ることにしました。

水泳大会は、始まるとすぐ終わってしまいます。なぜなら多くの人が、足の先が水に触れただけで、すぐ引き返してくるからです。それでも、いくつかのグループが走って海に入り、大騒ぎして戻ってくる姿がおかしくて、見ている人も自然に笑顔になるのです。時間は短いのですが、見るだけでも、気持ちが明るく元気がもらえそうな気がするのです。

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私達はイベントが終わった後、再び集合し、道路に登り海岸を見下ろしました。こんなに多くの人が集まっていたのかと驚くほどの人の波。

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そんな光景を見ながら足取りも軽く、家路につきました。家の戻った後は、小宴会を開くことになっていたのです。

家についても、まだ4時頃、お茶して一息ついてから、小宴会を開く準備をしました、と言っても並べるだけでしたが。

何気なくまだ明るさが残っている空を見ると、大きなスーパームーンが輝いていました。

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前日の大晦日、私は久しぶりに、身近にある材料でおせち料理を作りました。おせち料理を作るなんて何年振りでしょう。ここに移住して以来、毎年招くより招かれることが多く、楽した代わりに、作り方はすっかり忘れていました。シンプルな紅白なますでさえ、ネットで調べてようやく作ったのです。そんな訳で、大したご馳走ではないけれど、一応おせちらしいものを重箱に詰めて、テーブルに並べました。それと友人の方々の持ち寄りの料理で、お正月らしいご馳走と雰囲気を味わうことができました。

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お喋りに花を咲かせ、カードゲームを興じたあと、そろそろ友人達が帰宅の準備をしていたのが夜11時少し前。突然けたたましいFire Alarm の音が響き渡りました。私達がこのアパートに移って、このけたたましい音を聞くのは3回目、今回も空振りのAlarmかも、と一瞬思ったのですが、コートを着てバッグを持って、階段で外に出ました。友人達は帰り支度がちょうど終わったところだったので、階段を駈け下りていきました。私達は部屋を見回り、忘れ物がない事を確認したので、少し出遅れたのですが、非常階段を降りる人達と一緒に一階まで降りました。我が家は15階なのですが、6~7階を通過する時に、焦げ臭い匂いがしました。本当に火事だったようです。それでも火を見ていないので、それ程怖いと思いませんでした。ようやく1階のロビーに辿りつくと、大勢の人たちが建物の外に出て上を見上げていました。

私達はしばらく部屋に戻れそうにないので、友人達を駅まで送っていくことにしました。昼間は晴れていたのに、外は霧か煙で霞み、沢山の消防自動車のライトがやたらに明るくて異様な光景になっていました。

友人達を駅で見送り、アパートの前に戻っても建物の中に入れず、暫く外で待たされました。それでも11時半には建物の中に入ることができたのですが、階段で15階まで登らなくてはなりません。ロビーも階段も水浸しでしたが、6階を過ぎると全く濡れていなかったので、出火は5~6階だったのでしょう。

部屋にもどり、窓の下を見ると、消防自動車や救急車の赤い光が、未だ周囲の道路を照らしていました。

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楽しいお正月を過ごし、快い疲れを感じて、就寝するような時間の突然のアラーム!今回、大事に至らずに済みましたが、非常事態はいつ起きるかわかりません。また避難する時は、エレベーターは使えないのです。今回は15階を階段で降りて、帰りは階段で登りました。何気なく毎日エレベーターを使っていますが、自分の足を鍛えておかねば、非常時には生き延びられないでしょう。また、自分の足で上り下りできないほどの高層階に住むのは、危険なこと。以前住んでいたアパートの部屋は10階、今は15階、次に移り住むとしたら、きっと、低層階を選ぶ必要があると思います。

元日の夜の火事騒ぎ、私達に大きな教訓を残してくれた出来事でした。


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# by amtask | 2018-01-05 04:25 | Comments(6)

バンクーバー 年末の風景

12月も20日過ぎると、もう街はすっかりクリスマスの雰囲気。一通りのイベントが終わり、予定がない午後、買物のついでにお散歩に行きました。バンクーバーの冬はダークシーズン、晴れた日はとても貴重なのです。

まず、コールハーバーの海沿いの道を東に向かい、カナダプレイスに行って見ました。日本から戻って、コールハーバーの海沿いの道を歩くのは、その日が初めてということに気付き、自分でもちょっとびっくり。

その日はお天気も良く、海を見ながらの散歩は気持ちよく、目的地のカナダプレイスは、クリスマス飾り付けがなされていました。

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トレイルを歩くと、まずクリスマスツリーの行列。数年前来た時も、同じようなツリーが並んでいるのを見ました。きっと毎年同じように飾られているのでしょう。

平日の午後という事で、まだそれほど人は多くなく、時々旅行者が記念写真を撮っているぐらいでした。

トレイルの端まで行って見ると、シーバスの発着所が近くあるので、ノースバンクーバーに向かうシーバスが見えました。

トレイルを戻る時、遠くに雪山が見えました。見慣れた山も違う方角から見るので、全く違う景色を見ることができました。

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そして、海面を見下ろすと、渡り鳥でしょうか、黒い鳥の集団が、水上飛行機の直ぐ近くを泳いでいるのが見えました。

どうも主導役の鳥がいるようで、沢山の鳥たちが、それに従っているようように見えました。その鳥の集団の回りでは、白い鴎も飛び交っていました。

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帰り道は少し近道をして、アパート近くのスーパーで買い物をして家に戻りました。たった10分ぐらいの道のりなのに、家に着いた時はかなり暗くなっていました。


翌日も良いお天気、バンクーバーで連続でお天気の日は珍しいのです。前日は東方向、その日は、西方のイングリッシュベイに行ってみました。途中3年前まで住んでいた地域に、大きくて高いクレーンが立っているのが見えたので、行って見ると、大開発の工事が始まり、凄いことになっていました。

以前買い物に行ったSafeway(スーパーマーケット)や酒屋さんなどは、全部取り壊され、朝早くから夕方まで大騒音に包まれる一帯になっていたのです。今ごろ未だこの近く住んでいたら、きっとすごい騒音に悩まされていたでしょう。

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近くの行き慣れたマーケットで買物が終わると既に4時、日が傾き始める頃です。海岸に出てみると、オレンジ色の太陽が半分沈み、人々は夕陽を浴びて散歩を楽しんでいます。イヌイットの像の足元では、今にも太陽が沈もうとしていました。

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3年前までは、毎年冬日本から戻ると、一番先にこの大きな木にイルミネーションが灯されているのを見に行ったのですが、最近は少し遠くなってしまったので、久しぶり見るイルミネーションでした。その日もカラフルなイルミネーションが輝いてましたが、まだ薄明るいので、光は目立ちません。その代わり、懐かしいイングリッシュベイの夕陽が見らてれて、大満足の気分で家路につきました.

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# by amtask | 2017-12-30 07:23 | Comments(4)

今日はクリスマス

早いもので今日はもうクリスマス。私がバンクーバーに戻ってから、1か月近くも経ってしまいました。またいつものことですが、「私は一体何をしていたの」「どんな1か月月だったのでしょう」と思い返してみると、

1か月の半月以上を費やしたのが、米国税理士という資格を維持するための継続研修を、インターネットの通信教育で受講。その研修も昨日終了し、今ようやくほっと一息ついたところです。毎年今頃の時期に、同じようなことを繰り返しているので、もっと早くスタートすればよいのにと、毎年思うのですが・・・。

そんな1か月でしたが、季節は晩秋から冬へと向かい、1月の初旬は霧が出て白い闇に閉ざされた日が続きました。波止場に停泊している船の汽笛がボーッと聞こえ、ここは港町だったと実感。またある朝は、雲が景色の下半分を覆い何も見えません。

またある日は雨が急に雪に変わり、降り始めてから1時間の経たないうちに、外の景色は雪景色に変わりました。

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バンクーバーの冬はダークシーズン。ある朝、用事で早朝の街へ。時間は7時前なのに、薄暗く夜のよう。クリスマスイルミネーションが暗い中で輝いていました。

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12月も半ばになると、イベントも増えて急に気ぜわしくなります。

ある日曜日、友人の家で総勢約10人が集い忘年会。3時から夜10時までという長丁場。でも美味しくて楽しい時間はあっという間に過ぎて、家に戻ると寝るだけという一日。気心知れた友人と過ごす時間は、私にとって忙しさの中のオアシスでした。

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その週は、今年最後の集まりなので、ポットラックなどが、3日連続でありました。友人との忘年会の翌日は、ダンスの会のポットラック、時間がなくて小さなお握りを作っていきました。お寿司だと思って、「美味しい」とわざわざ言いに来てくたダンスの先生にお握りとお寿司の違いを説明したのですが、理解してくれたかな?

3日目はArt classのポットラック、その日も時間がなくて果物を持って行ったのですが、人気があるのはやはり手作りの食べ物。美味しい料理を作ってきてくれたのはイランから移民してきた人達。イランの料理は結構おいしいのです。日本人のMさんは、お寿司のようなライスサラダを作ってきました。

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その日が今年の最終日、絵を描くより食べることに忙しいパーティーでした。突然降った大雪でその日、欠席しようと思ったけど、Mさんからの「もう皆来てきているわよ」という電話で、急いで駆け付けたポットラックでした。

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4日目は、ポットラックではなく、ホテルの中にある中華レストランで、友人7人で会食。夜7時スタートということもあり、広い店内はガラガラでしたが、久しぶりの中華料理は美味しかったです。でも広すぎるテーブルも淋しいもの。賑やかに食べるのが、中華料理には似合うのでは、と思いました。

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これで、クリスマス前のイベントは終わり、後は家で年末のお掃除などして、部屋の隅に、昨年バザーで買ったサンタのお人形や、赤い花(アンセリウムを飾ってみました。

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# by amtask | 2017-12-26 17:23 | Comments(4)

バンクーバーに戻り1週間が経ちました

11月末、2か月留守にしたバンクーバーに戻りました。戻った日は雨、その後雨は3日ほど降り続くというダークシーズンの真っ只中。その雨も、私達がバンクーバーに戻るかなり前から降り続いていたようです。

成田を発つ日の夕方、真っ赤な夕日が沈むのを空港から見ましたが、すべてがグレーのバンクーバーはまるで別世界。

窓に降りかかる雨の滴の向こうは灰色の世界。そんな日が数日続いた夕方、雨は少し止み、海が見渡せました。

港で何かイベントがあったようで、暗い海をプレジャーボートが一列になっての行進、舟の灯りが数珠のように光ってきれいでした。    

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翌日はようやく晴れて、山は粉砂糖を振りかけたように白く覆われていました。そして次の日も晴れ、その代わり外は気温が下がり、冬の到来を実感じました。そして日が暮れると空には満月が輝き、スーパームーンということで、月はことさら大きく、トランプビルのイルミネーションと競っているようでした。

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そんな日が数日続き、日光に当たって時差ボケからも抜け出たと思ったら、ここ2~3日、朝起きると窓の外は、霧に覆われて白い闇の世界に❕ 思わず窓ガラスを手で擦ってみても、何も見えないほど。

お天気はこんな風に変わるのですが、1週間経って、ようやく私の生活にバンクーバーの日常が戻ってきました。

活動開始1日目は、久しぶりに参加したダンスクラス。12月は多忙な人が多いようで広い会場は人影もまばら。私の練習には良い環境、先輩の人たちに沢山教えもらえたからです。

たった1時間体を動かしただけなのに、夕方家に戻ったら、猛烈な睡魔に襲われて、いつの間にか仮眠状態。そしてその夜は珍しく早く就寝したのに、朝まで爆睡。お蔭で翌朝はすっきり目覚めて、時差呆けは一挙に解消しました。

翌日は、Art Class に行き、久々に懐かしいメンバーに遭ったり、お菓子を食べたり喋ったり。その合間に新しい絵の下絵に取り掛かりましたが、長い空白の時間の為か思うように描けません。

活動開始3日目は、友人のアパートで水彩画のレッスン。いつもの3人が集まり、久しぶりにお茶しながらお喋りに花が咲き、絵を描く時間は減ってしまいました。でも香港出身の水彩画の大先輩の日本旅行体験談は、とても興味深いものでした。彼女は、今回の私の日本行きとすれ違いで、初めて日本に旅行したのです。


バンクーバーは今のところ平和で穏やかですが、最近のニュースで、カリフォルニア州の山火事が報じられています。広範囲に山火事は燃え続け、沢山の人々が家を焼かれて避難を余儀なくされ、折角避難したところまで火が燃え広がり、大変なことになっているのです。

北米では、夏の山火事は日常的に起きていますが、冬の山火事は余り聞いたことがありません。気温は低いものの完走して風が強いようで、まだ燃え続けています。そのためでしょうか、最近。スーパーや八百屋さんに並ぶ果物の値上がりが凄いのです。

これ以上、山火事が長く続くようだと、ワインも不作、果物だけでなくお米などの食品の値段が更に跳ね上がってしまうでしょう。日本のみならず、世界中で異常気象、食物の不作が心配です。

今年もあと3週間を残すだけ。時間を大切にと思ってみても、時間は飛ぶように過ぎていく2017年の12月です。


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# by amtask | 2017-12-08 17:40 | Comments(4)

備忘録 イタリア旅行ーその8

イタリア旅行―雑感

今回のイタリアへの旅行で、初めてイタリアの地に足を踏み入れました。趣味として絵を始めてから、ベネチアのゴンドラの写真を見る度に、行って見たいと思うようになったのが、きっかけです。今回の日本滞在中にようやく実現したのですが、旅行から戻り、写真を見ても、撮ってきた写真が何なのかさっぱり思い出せませんでした。
ようやく後付けで知識を仕入れ、自分が回ってみたものが何だったか突き止めるのに、時間がかかりました。特にフィレンツェの建築物、2つの大きな美術館、ローマの遺跡などで余りにも見るべきものが多すぎて、記憶も曖昧になってしまいました。
イタリアでも、私の行きたいところは、ベネチアとフィレンツェでしたが、添乗員付きのパック旅行に参加した結果、ミラノとローマも回ることになりました。でもミラノもローマも
新旧のイタリアを見るためには欠かせない重要な都市、回れて良かったと思います。
事前に少しでも知識を仕入れておけばよかった、そして世界史ももう少し勉強してあれば、ガイドさんの説明ももっと興味深く聴くことができたのに、ちょっと反省しました。

細かいことですが、気が付いたことか書き留めてみます。
ホテル事情―4つのホテルに泊まったが、アメリカ系のホテルに比べて、不便なことが多かったです。グレードの高いホテルはもう少し良いかもしれませんが。
1、ベッドのサイズが小さい、特に幅が狭いのは、どのホテルにも共通していたこと、
2、コーヒーメーカーがない。部屋に戻ると暖かい飲み物が飲めない。私は旅行湯沸かし器を持って行ったので、カップラーメンは食べられたが、カップがないので、プラスティックのペラペラの歯磨き用のカップでお茶を飲んだ。
3、冷蔵庫は小さいながら備わっていた。
4、浴槽がないホテルが2つ、他の2つのホテルにバスタブはあったが、ローマの連泊したホテルに栓がなかった。私達のグループ全員の部屋になかったそう。お湯をバスタブに満たす部屋が多いと、お湯が足りなくらから(特に日本人の場合)。
5、トイレにウォシュレットはないが、普通に便器の他にビデ用の便器があった。その使い方は不明。
6、フリーWiFiは、4つのホテルのうち、2つが使えるはずだったが、実質1つのホテルしか使えなかった。
7、部屋にセフティーボックがついているホテルは1つだけ。それも故障しているようだった。私は連泊するホテルで、フロントのセフティーボックスに預けた。

街に出た時
8、トイレ事情。外出した時に、トイレを使う時に、有料のトイレが多かった。
大体1-0.5ユーロ。無料で使えるのは、飲食店・デパート・お土産やさんなど。トイレ探しは日本に比べて難しい。
9、物価は、日本人にとって現在の為替レート(1ユーロ約133円)を考えるとかなり高く、ベネチアは特に高いと感じた。パスタの価格が10~18ユーロ・ビール7ユーロ・水3~4ユーロなどで、2人でパスタと飲み物を頼むと、40~50ユーロかかる。
ミラノなど北の方の都市は、野菜果物の価格が高そうで、出された食事に野菜・果物は殆ど含まれていなかった。どこでも比較的安いと思ったのは、ワイン。
スーパーのレシートを見ると、消費税は内税のようで、料率は不明。
10、食事のコースは、前菜としてパスタ・ピザ・リゾットなどが出され、メインとして
肉・魚など。最後にデザート。コーヒーは、エスプレッソ・カプティーノ・アメリカーナなどあるが、小さなカップに濃いコーヒーが主流。街には、たまにマックはあるが、スタバは全くなかった。
11、公共の乗り物
バンクーバーと似ているのは、切符を使い始めて90分とか100分と、時間内なら自由に何(バスや地下鉄)でも乗れるので、間違えて乗っても、乗り換えれば良いので気楽に乗れる。切符は事前に購入する必要がある。価格はおおよそ1.5ユーロだった。
切符はタバッキ(煙草やさん)というキヨスクのようなところで売っている。
12、スリに注意、
特にローマの人が集まるテルミニ駅・トレビの泉、などは訓練されたスリが、隙のある人を狙っているとのこと。幸いにも私は狙われなかった。
旅行開始前に、ガイドさんから電話があり、大事なバッグはたすきがけにするようにと
厳重な注意がなされたほど。
13、ホテルの部屋のトイレ
一番怖かったこと フィレンツェのホテルで、バスルームのドアが開かなくなった。朝、出発間際に、用を足しバスルームから出ようとしてドアを開けようとしたがあかない!ドアは閉めたが鍵をかけた覚えはないのに。浴室に窓もドアと床の間に隙間もない。パニックになって、ドアを叩き、「開けて開けて❕」と叫んで、部屋にいる夫に知らせたが、外からは開かないようだ。集合時間にも遅れるし、フロントに知らせて人を呼ぶように頼んだ。ようやく夫が人を呼びに行って、帰ってきたところ、いろいろ不安定になっているドアのノブをいじっていたら、何かのはずみで開いた。もし、一人で泊っていたら、掃除の人が来るまで、発見されないでしょう。本当に怖かった。
ガイドさんにその話をすると、彼女は一人で泊っているので、決してバスルームのドアは閉めない、と言っていた。

もし再び、イタリアを訪ねるとしたら。
  今回の旅行は日本語も英語も通じないイタリア。現地に詳しい同行者も友人も居ないので、添乗員付きのパック旅行を選んだ。特に混雑する美術館やメジャーな観光地巡りする場合、初めて現地を訪れる個人は、目的地に着き目的のものを見るまで、膨大な時間がかかることが多い。効率的に観光地を回るのは、案内する人が必要。なので、今回は添乗員さん付のツアーで正解だったと思う。食事をするのも、同じツアーのメンバーとの会話もあり、情報交換もできて良かった。
リピーターとして、気に入った観光地巡りする場合は、自由旅行の方がいいかもしれない。そして、サンジャミニャーノのような、こじんまりとした趣のある町をゆっくり見て回りたい。

またこの長い備忘録に付き合って下さった方、「どうも有難うございました。」


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# by amtask | 2017-11-23 12:58 | Comments(2)

備忘録 イタリア旅行ーその7

イタリア旅行 6日目(ローマ)

ローマ2日目は、全日自由行動。目覚まし時計もモーニングコールもなく、自然に目覚めたのが830分。

朝食の時間は7時~10時、急いで身支度し、朝ご飯を食べに食堂に行くと、グループのメンバーは誰も居なくて、私達だけ。朝食をたっぷりとって、部屋にもどり、出かける準備をしてホテルを出たのが11時。

昨夜下見に行ったバス停までいき、バスに乗り終点の地下鉄の駅に着きました。そこで地下鉄に乗り替え、テルミニ駅へ。(★参照)    

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そこから地図を見ながらフォロロマーナ(Foro Romano)に向かいました。ゆっくり街並みを見ながらと思っていましたが、ローマ市内の道は複雑で、何人の人に道を尋ねたことか!

ようやくコロッセオーColosseum(★参照)とフォロロマーナーForoRomana(★参照)の近くに辿りつきました。コロッセオとフォロロマーナ の入場券は共通なので、空いているフォロロマーナで切符を買う方が時間の節約になると聞いていたのですが、フォロロマーナの窓口に行って見ると、予約した人だけしか切符を買うことができません。仕方なくコロッセオに戻り、切符を買う人の長蛇の列の最後部を探していると、見知らぬおじさんが「小グループの一員になれば、すぐ入場できるよ」と言いに来ました。一応身分証明書のようなカードを身に着けているし、「いくら?」と聞くと130ユーロだという。もうその頃は歩き疲れ、切符を買うために時間以上並ぶ元気もなく、中を見るのは諦めようかと思っていたところだったので、その話に乗る事にしました。

2人分60ユーロを払うと、丸い小さな赤いシールを、胸に張ってくれただけ。ちょっと不安になって「領収証は?」と聞くと、すぐ切符を渡すから大丈夫と言われました。周囲には同じような丸いシールを胸に張った人が数人いたので、ちょっと安心。間もなく、別のおじさんが入場券を渡してくれました。彼らの後をついていくと、切符を買う長蛇の列を横切ってすぐに入場ができました。セフティチェックを受け、中に入ると、やはり外から見るコロッセオとは感じが違います。

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即席の小グループのメンバーを見ると、中国や中南米や色々な国から来ている観光客のようです。コロッセオの中では、私達即席小グループの為のガイドさんの説明があり、その後一時解散、各自内部を見て40分後に再び出口で集合という事になりました。コロッセオの中はかなり広いので、時間に遅れないように、見たいところを急いで見なくてはなりません。

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40分後に出口で待っていると、女性のガイドさんが待機していて、フォロロマ-ナを案内してくれました。ガイドさんの説明は英語でしたが、説明時間の45分、何も見ないで淀みなく説明していました。

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パラティーノの丘の上から、今見てきたコロッセオや凱旋門が見下ろせます。

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パラティーノはフォロ・ロマーノの隣にある小高い丘で、ここの展望所からはフォロロマーノのほぼ全域が見渡せ、絶好の展望ポイントになっています。特徴のある木は松の木だそうです。

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フェロロマーノが見えました。歴代ローマ皇帝の宮殿や貴族が暮らしていた高級住宅があった場所。現在もその名残りを留めているとか。

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ガイドさんの説明が終わって解散した後、閉園のアナウスがありました。閉園の時間は日没の1時間前なのです。秋の日没は日に日に早くなるので、私達は良いタイミングでColosseumに入場できたようです。(切符の価格は12ユーロなので、30ユーロは高いと思いましたが、並ぶ時間が短縮でき、ガイドさんの説明付だったことを考えると、それ程高くないと思いました。それにしても世界中からの観光客が集まるローマの遺跡、いつも混んでいるようです。

結局ColosseumForo Romanoをすべて回り、4時過ぎに帰路に着きました。テルミニ駅まで来て、だんだん暗くなったので、早くホテルに戻ろうという事になり、昼間に来たルートで、テルミニ駅から地下鉄―市バスに乗りホッとした次の瞬間、降りる駅の名前を憶えていないことに気が付きました。覚えていたのは、バス停の周辺の景色と、バスに乗った時間が20分ぐらいというだけ。でも、目を凝らしてすっかり暗くなった景色を見つめていると、「ここだ」というバス停にバスは停まり、扉が開き数人の人が降りました。私達も転げるようにバスを降りた時は、心からほっとした瞬間でした。

前日の夜、実際にバス停まで偵察に行ったことは、とても役に立ちました。夜のバス停の周辺の景色を見ていたからです。ガイドさんの提案に感謝です。

ホテルについて、夕食をとるため、ホテルのダイニングに行きました。メニューも英語ではないのですが、分からない部分はウェイターさんが、電子辞書を持ってきて、メニューの説明をしてくれました。註文したのは鮭の前菜・肉料理のメイン・サラダでした。それに赤ワイン。サラダは、大皿に野菜。ポテト・ツナなどが沢山盛られ、ドレッシングは❓というと、オリーブオイルとバルサコミス酢の大瓶が出され、自分で調合して食べるというものでした。特に美味しいわけでも、安くもない食事でしたが、安心して食べられて、よかったです。

これであとは、帰国の準備をして寝るだけ。明日の今頃は、きっと日本行きの飛行機の中で寝ていることでしょう。


【参照】

★コロッセウム(ラテン語: Colosseum, イタリア語: Colosseo コロッセオ)

イタリアの首都ローマの中心部にある、古代ローマ帝国時代の巨大な円形闘技場の遺構。周囲527m、高さ48.5m、5万人を収容する巨大施設で、ウェスパシアヌス帝(9~79年)治世下の西暦75年、皇帝ネロ(37~68年)の黄金宮殿の建設が始まった。4階建てになっていて、1階はドーリア式、2階はイオニア式、3階はコリント式のアーチのある構造物で構成されている。競技場の地下6mの迷路のような空間がむき出しになっている。ここからライオンやヒョウなどの猛獣を闘技場に送り出す昇降機が設けられ、大観衆の中で剣闘士と猛獣の戦いが繰り広げられた。地震による倒壊、また中世に石切場として利用されたため、現在のような状態で残されている。(講談社)

「コロッセオが崩れる時、ローマが滅びる」といわれるほど、ローマを象徴しているものなのです。

旅行から戻り、コロッセオについての記事を丁寧に読むと、次のようなことが書かれていました。旅行中、実際のコロッセオを見ても、巨大な遺跡としてしか見ていなかったのですが、血なまぐさい残酷な場所だったのです。何となく、サッカーなどのスポーツが行われる競技場というイメージを持っていたのですが、その目的はもっと残酷で深い意味があったのです。色々ネットで読んだ説明をまとめると次のようなことがわかりました。

「それまでの小闘技場は1万人しか収容できなかったのが、この競技場は5万人収容できる。(ちなみに東京ドームはイベント時で5万5千人、野球の試合では4万人)

ではその闘技場で何が行われていたかというと、剣闘士の戦い・模擬海賊・剣闘士と猛獣・猛獣同志・犯罪人処刑で、観客は金持ち富豪や市民、がそれを娯楽として見ていた。

時の為政者の目的は、市民たちの不満を解消し、政府に歯向かわないように、時の皇帝の権威を誇示するためだった。

当然、今はコロッセオでの剣闘士の試合は行われていない。」


★フェロ・ロマーナ(Foro Romana):

フォロ・ロマーノは、東西約300m、南北約100mに渡って存在する古代ローマの中心部「フォルム・ロマヌム」の遺跡である。古代ローマでは、たいていの都市に政治・宗教の中心としてフォルム(英:フォーラムの語源)と呼ばれる広場が置かれていたが、このフォロ・ロマーノは首都に開設された最初のフォルムであり、最も重要な存在であった。ローマでは、後に諸皇帝によっていくつかのフォルムが建設されたが、3基のバシリカと元老院議事堂を備えたフォロ・ロマーノは、そのなかでも中心的存在として機能し続けた。(ウィキペディア)


★パラティーノの丘〈 Palatino 〉

フォロ・ロマーノの隣にある小高い丘で、ここの展望所からはフォロロマーノのほぼ全域が見渡せ、絶好の展望ポイントになっています。

ここは高級住宅地で、共和制時代や帝政ローマ時代には貴族や皇帝の邸宅がこの丘に建てられてました。現在は遺跡としてこれらの邸宅の跡を見学することができます。


★テルミニ駅(Stazione di Roma Termini)

ローマの玄関口ともいうべきターミナル駅、テルミニ駅 (Stazione Termini) はイタリアで一番大きな駅であり、乗り入れ路線数、1日の乗降客数ともにイタリア1位です。ヨーロッパレベルでもとパリ北駅に続き2位です。

テルミニ駅はいつ行っても人でごった返していますが、ショッピング、お茶、休憩と一箇所でいろいろ体験でき、クリスマスやイースターなどの祝祭日で地元の商店、飲食店、タバコ屋等が閉まっている場合でも、テルミニ駅に来れば通常通り営業しているので、利用価値はとても高いです。

なお、駅構内と周辺は悪名高いスリや置き引きの仕事場となっていますので、自分の周りに充分注意をはらいましょう!自分の半径1m以内に人が近づいてきたらすぐに離れ、警戒して下さい。

中央駅はイタリア国内、国外行きの鉄道、地下鉄(全線)、空港行きの直通電車及びプルマン、市バス、トラム、タクシーの発着所となっています。構内は地下1階、1階、中2階に分かれており、ショッピングセンター、レストラン、カフェ、スーパーマーケット、銀行、薬局、郵便局、トイレ、ATM、警察、ホテル予約窓口、レンタカー会社などが入っています。


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# by amtask | 2017-11-21 23:03