バンクーバーに戻り1週間が経ちました

11月末、2か月留守にしたバンクーバーに戻りました。戻った日は雨、その後雨は3日ほど降り続くというダークシーズンの真っ只中。その雨も、私達がバンクーバーに戻るかなり前から降り続いていたようです。

成田を発つ日の夕方、真っ赤な夕日が沈むのを空港から見ましたが、すべてがグレーのバンクーバーはまるで別世界。

窓に降りかかる雨の滴の向こうは灰色の世界。そんな日が数日続いた夕方、雨は少し止み、海が見渡せました。

港で何かイベントがあったようで、暗い海をプレジャーボートが一列になっての行進、舟の灯りが数珠のように光ってきれいでした。    

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翌日はようやく晴れて、山は粉砂糖を振りかけたように白く覆われていました。そして次の日も晴れ、その代わり外は気温が下がり、冬の到来を実感じました。そして日が暮れると空には満月が輝き、スーパームーンということで、月はことさら大きく、トランプビルのイルミネーションと競っているようでした。

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そんな日が数日続き、日光に当たって時差ボケからも抜け出たと思ったら、ここ2~3日、朝起きると窓の外は、霧に覆われて白い闇の世界に❕ 思わず窓ガラスを手で擦ってみても、何も見えないほど。

お天気はこんな風に変わるのですが、1週間経って、ようやく私の生活にバンクーバーの日常が戻ってきました。

活動開始1日目は、久しぶりに参加したダンスクラス。12月は多忙な人が多いようで広い会場は人影もまばら。私の練習には良い環境、先輩の人たちに沢山教えもらえたからです。

たった1時間体を動かしただけなのに、夕方家に戻ったら、猛烈な睡魔に襲われて、いつの間にか仮眠状態。そしてその夜は珍しく早く就寝したのに、朝まで爆睡。お蔭で翌朝はすっきり目覚めて、時差呆けは一挙に解消しました。

翌日は、Art Class に行き、久々に懐かしいメンバーに遭ったり、お菓子を食べたり喋ったり。その合間に新しい絵の下絵に取り掛かりましたが、長い空白の時間の為か思うように描けません。

活動開始3日目は、友人のアパートで水彩画のレッスン。いつもの3人が集まり、久しぶりにお茶しながらお喋りに花が咲き、絵を描く時間は減ってしまいました。でも香港出身の水彩画の大先輩の日本旅行体験談は、とても興味深いものでした。彼女は、今回の私の日本行きとすれ違いで、初めて日本に旅行したのです。


バンクーバーは今のところ平和で穏やかですが、最近のニュースで、カリフォルニア州の山火事が報じられています。広範囲に山火事は燃え続け、沢山の人々が家を焼かれて避難を余儀なくされ、折角避難したところまで火が燃え広がり、大変なことになっているのです。

北米では、夏の山火事は日常的に起きていますが、冬の山火事は余り聞いたことがありません。気温は低いものの完走して風が強いようで、まだ燃え続けています。そのためでしょうか、最近。スーパーや八百屋さんに並ぶ果物の値上がりが凄いのです。

これ以上、山火事が長く続くようだと、ワインも不作、果物だけでなくお米などの食品の値段が更に跳ね上がってしまうでしょう。日本のみならず、世界中で異常気象、食物の不作が心配です。

今年もあと3週間を残すだけ。時間を大切にと思ってみても、時間は飛ぶように過ぎていく2017年の12月です。


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# by amtask | 2017-12-08 17:40 | Comments(2)

備忘録 イタリア旅行ーその8

イタリア旅行―雑感

今回のイタリアへの旅行で、初めてイタリアの地に足を踏み入れました。趣味として絵を始めてから、ベネチアのゴンドラの写真を見る度に、行って見たいと思うようになったのが、きっかけです。今回の日本滞在中にようやく実現したのですが、旅行から戻り、写真を見ても、撮ってきた写真が何なのかさっぱり思い出せませんでした。
ようやく後付けで知識を仕入れ、自分が回ってみたものが何だったか突き止めるのに、時間がかかりました。特にフィレンツェの建築物、2つの大きな美術館、ローマの遺跡などで余りにも見るべきものが多すぎて、記憶も曖昧になってしまいました。
イタリアでも、私の行きたいところは、ベネチアとフィレンツェでしたが、添乗員付きのパック旅行に参加した結果、ミラノとローマも回ることになりました。でもミラノもローマも
新旧のイタリアを見るためには欠かせない重要な都市、回れて良かったと思います。
事前に少しでも知識を仕入れておけばよかった、そして世界史ももう少し勉強してあれば、ガイドさんの説明ももっと興味深く聴くことができたのに、ちょっと反省しました。

細かいことですが、気が付いたことか書き留めてみます。
ホテル事情―4つのホテルに泊まったが、アメリカ系のホテルに比べて、不便なことが多かったです。グレードの高いホテルはもう少し良いかもしれませんが。
1、ベッドのサイズが小さい、特に幅が狭いのは、どのホテルにも共通していたこと、
2、コーヒーメーカーがない。部屋に戻ると暖かい飲み物が飲めない。私は旅行湯沸かし器を持って行ったので、カップラーメンは食べられたが、カップがないので、プラスティックのペラペラの歯磨き用のカップでお茶を飲んだ。
3、冷蔵庫は小さいながら備わっていた。
4、浴槽がないホテルが2つ、他の2つのホテルにバスタブはあったが、ローマの連泊したホテルに栓がなかった。私達のグループ全員の部屋になかったそう。お湯をバスタブに満たす部屋が多いと、お湯が足りなくらから(特に日本人の場合)。
5、トイレにウォシュレットはないが、普通に便器の他にビデ用の便器があった。その使い方は不明。
6、フリーWiFiは、4つのホテルのうち、2つが使えるはずだったが、実質1つのホテルしか使えなかった。
7、部屋にセフティーボックがついているホテルは1つだけ。それも故障しているようだった。私は連泊するホテルで、フロントのセフティーボックスに預けた。

街に出た時
8、トイレ事情。外出した時に、トイレを使う時に、有料のトイレが多かった。
大体1-0.5ユーロ。無料で使えるのは、飲食店・デパート・お土産やさんなど。トイレ探しは日本に比べて難しい。
9、物価は、日本人にとって現在の為替レート(1ユーロ約133円)を考えるとかなり高く、ベネチアは特に高いと感じた。パスタの価格が10~18ユーロ・ビール7ユーロ・水3~4ユーロなどで、2人でパスタと飲み物を頼むと、40~50ユーロかかる。
ミラノなど北の方の都市は、野菜果物の価格が高そうで、出された食事に野菜・果物は殆ど含まれていなかった。どこでも比較的安いと思ったのは、ワイン。
スーパーのレシートを見ると、消費税は内税のようで、料率は不明。
10、食事のコースは、前菜としてパスタ・ピザ・リゾットなどが出され、メインとして
肉・魚など。最後にデザート。コーヒーは、エスプレッソ・カプティーノ・アメリカーナなどあるが、小さなカップに濃いコーヒーが主流。街には、たまにマックはあるが、スタバは全くなかった。
11、公共の乗り物
バンクーバーと似ているのは、切符を使い始めて90分とか100分と、時間内なら自由に何(バスや地下鉄)でも乗れるので、間違えて乗っても、乗り換えれば良いので気楽に乗れる。切符は事前に購入する必要がある。価格はおおよそ1.5ユーロだった。
切符はタバッキ(煙草やさん)というキヨスクのようなところで売っている。
12、スリに注意、
特にローマの人が集まるテルミニ駅・トレビの泉、などは訓練されたスリが、隙のある人を狙っているとのこと。幸いにも私は狙われなかった。
旅行開始前に、ガイドさんから電話があり、大事なバッグはたすきがけにするようにと
厳重な注意がなされたほど。
13、ホテルの部屋のトイレ
一番怖かったこと フィレンツェのホテルで、バスルームのドアが開かなくなった。朝、出発間際に、用を足しバスルームから出ようとしてドアを開けようとしたがあかない!ドアは閉めたが鍵をかけた覚えはないのに。浴室に窓もドアと床の間に隙間もない。パニックになって、ドアを叩き、「開けて開けて❕」と叫んで、部屋にいる夫に知らせたが、外からは開かないようだ。集合時間にも遅れるし、フロントに知らせて人を呼ぶように頼んだ。ようやく夫が人を呼びに行って、帰ってきたところ、いろいろ不安定になっているドアのノブをいじっていたら、何かのはずみで開いた。もし、一人で泊っていたら、掃除の人が来るまで、発見されないでしょう。本当に怖かった。
ガイドさんにその話をすると、彼女は一人で泊っているので、決してバスルームのドアは閉めない、と言っていた。

もし再び、イタリアを訪ねるとしたら。
  今回の旅行は日本語も英語も通じないイタリア。現地に詳しい同行者も友人も居ないので、添乗員付きのパック旅行を選んだ。特に混雑する美術館やメジャーな観光地巡りする場合、初めて現地を訪れる個人は、目的地に着き目的のものを見るまで、膨大な時間がかかることが多い。効率的に観光地を回るのは、案内する人が必要。なので、今回は添乗員さん付のツアーで正解だったと思う。食事をするのも、同じツアーのメンバーとの会話もあり、情報交換もできて良かった。
リピーターとして、気に入った観光地巡りする場合は、自由旅行の方がいいかもしれない。そして、サンジャミニャーノのような、こじんまりとした趣のある町をゆっくり見て回りたい。

またこの長い備忘録に付き合って下さった方、「どうも有難うございました。」


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# by amtask | 2017-11-23 12:58 | Comments(2)

備忘録 イタリア旅行ーその7

イタリア旅行 6日目(ローマ)

ローマ2日目は、全日自由行動。目覚まし時計もモーニングコールもなく、自然に目覚めたのが830分。

朝食の時間は7時~10時、急いで身支度し、朝ご飯を食べに食堂に行くと、グループのメンバーは誰も居なくて、私達だけ。朝食をたっぷりとって、部屋にもどり、出かける準備をしてホテルを出たのが11時。

昨夜下見に行ったバス停までいき、バスに乗り終点の地下鉄の駅に着きました。そこで地下鉄に乗り替え、テルミニ駅へ。(★参照)    

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そこから地図を見ながらフォロロマーナ(Foro Romano)に向かいました。ゆっくり街並みを見ながらと思っていましたが、ローマ市内の道は複雑で、何人の人に道を尋ねたことか!

ようやくコロッセオーColosseum(★参照)とフォロロマーナーForoRomana(★参照)の近くに辿りつきました。コロッセオとフォロロマーナ の入場券は共通なので、空いているフォロロマーナで切符を買う方が時間の節約になると聞いていたのですが、フォロロマーナの窓口に行って見ると、予約した人だけしか切符を買うことができません。仕方なくコロッセオに戻り、切符を買う人の長蛇の列の最後部を探していると、見知らぬおじさんが「小グループの一員になれば、すぐ入場できるよ」と言いに来ました。一応身分証明書のようなカードを身に着けているし、「いくら?」と聞くと130ユーロだという。もうその頃は歩き疲れ、切符を買うために時間以上並ぶ元気もなく、中を見るのは諦めようかと思っていたところだったので、その話に乗る事にしました。

2人分60ユーロを払うと、丸い小さな赤いシールを、胸に張ってくれただけ。ちょっと不安になって「領収証は?」と聞くと、すぐ切符を渡すから大丈夫と言われました。周囲には同じような丸いシールを胸に張った人が数人いたので、ちょっと安心。間もなく、別のおじさんが入場券を渡してくれました。彼らの後をついていくと、切符を買う長蛇の列を横切ってすぐに入場ができました。セフティチェックを受け、中に入ると、やはり外から見るコロッセオとは感じが違います。

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即席の小グループのメンバーを見ると、中国や中南米や色々な国から来ている観光客のようです。コロッセオの中では、私達即席小グループの為のガイドさんの説明があり、その後一時解散、各自内部を見て40分後に再び出口で集合という事になりました。コロッセオの中はかなり広いので、時間に遅れないように、見たいところを急いで見なくてはなりません。

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40分後に出口で待っていると、女性のガイドさんが待機していて、フォロロマ-ナを案内してくれました。ガイドさんの説明は英語でしたが、説明時間の45分、何も見ないで淀みなく説明していました。

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パラティーノの丘の上から、今見てきたコロッセオや凱旋門が見下ろせます。

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パラティーノはフォロ・ロマーノの隣にある小高い丘で、ここの展望所からはフォロロマーノのほぼ全域が見渡せ、絶好の展望ポイントになっています。特徴のある木は松の木だそうです。

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フェロロマーノが見えました。歴代ローマ皇帝の宮殿や貴族が暮らしていた高級住宅があった場所。現在もその名残りを留めているとか。

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ガイドさんの説明が終わって解散した後、閉園のアナウスがありました。閉園の時間は日没の1時間前なのです。秋の日没は日に日に早くなるので、私達は良いタイミングでColosseumに入場できたようです。(切符の価格は12ユーロなので、30ユーロは高いと思いましたが、並ぶ時間が短縮でき、ガイドさんの説明付だったことを考えると、それ程高くないと思いました。それにしても世界中からの観光客が集まるローマの遺跡、いつも混んでいるようです。

結局ColosseumForo Romanoをすべて回り、4時過ぎに帰路に着きました。テルミニ駅まで来て、だんだん暗くなったので、早くホテルに戻ろうという事になり、昼間に来たルートで、テルミニ駅から地下鉄―市バスに乗りホッとした次の瞬間、降りる駅の名前を憶えていないことに気が付きました。覚えていたのは、バス停の周辺の景色と、バスに乗った時間が20分ぐらいというだけ。でも、目を凝らしてすっかり暗くなった景色を見つめていると、「ここだ」というバス停にバスは停まり、扉が開き数人の人が降りました。私達も転げるようにバスを降りた時は、心からほっとした瞬間でした。

前日の夜、実際にバス停まで偵察に行ったことは、とても役に立ちました。夜のバス停の周辺の景色を見ていたからです。ガイドさんの提案に感謝です。

ホテルについて、夕食をとるため、ホテルのダイニングに行きました。メニューも英語ではないのですが、分からない部分はウェイターさんが、電子辞書を持ってきて、メニューの説明をしてくれました。註文したのは鮭の前菜・肉料理のメイン・サラダでした。それに赤ワイン。サラダは、大皿に野菜。ポテト・ツナなどが沢山盛られ、ドレッシングは❓というと、オリーブオイルとバルサコミス酢の大瓶が出され、自分で調合して食べるというものでした。特に美味しいわけでも、安くもない食事でしたが、安心して食べられて、よかったです。

これであとは、帰国の準備をして寝るだけ。明日の今頃は、きっと日本行きの飛行機の中で寝ていることでしょう。


【参照】

★コロッセウム(ラテン語: Colosseum, イタリア語: Colosseo コロッセオ)

イタリアの首都ローマの中心部にある、古代ローマ帝国時代の巨大な円形闘技場の遺構。周囲527m、高さ48.5m、5万人を収容する巨大施設で、ウェスパシアヌス帝(9~79年)治世下の西暦75年、皇帝ネロ(37~68年)の黄金宮殿の建設が始まった。4階建てになっていて、1階はドーリア式、2階はイオニア式、3階はコリント式のアーチのある構造物で構成されている。競技場の地下6mの迷路のような空間がむき出しになっている。ここからライオンやヒョウなどの猛獣を闘技場に送り出す昇降機が設けられ、大観衆の中で剣闘士と猛獣の戦いが繰り広げられた。地震による倒壊、また中世に石切場として利用されたため、現在のような状態で残されている。(講談社)

「コロッセオが崩れる時、ローマが滅びる」といわれるほど、ローマを象徴しているものなのです。

旅行から戻り、コロッセオについての記事を丁寧に読むと、次のようなことが書かれていました。旅行中、実際のコロッセオを見ても、巨大な遺跡としてしか見ていなかったのですが、血なまぐさい残酷な場所だったのです。何となく、サッカーなどのスポーツが行われる競技場というイメージを持っていたのですが、その目的はもっと残酷で深い意味があったのです。色々ネットで読んだ説明をまとめると次のようなことがわかりました。

「それまでの小闘技場は1万人しか収容できなかったのが、この競技場は5万人収容できる。(ちなみに東京ドームはイベント時で5万5千人、野球の試合では4万人)

ではその闘技場で何が行われていたかというと、剣闘士の戦い・模擬海賊・剣闘士と猛獣・猛獣同志・犯罪人処刑で、観客は金持ち富豪や市民、がそれを娯楽として見ていた。

時の為政者の目的は、市民たちの不満を解消し、政府に歯向かわないように、時の皇帝の権威を誇示するためだった。

当然、今はコロッセオでの剣闘士の試合は行われていない。」


★フェロ・ロマーナ(Foro Romana):

フォロ・ロマーノは、東西約300m、南北約100mに渡って存在する古代ローマの中心部「フォルム・ロマヌム」の遺跡である。古代ローマでは、たいていの都市に政治・宗教の中心としてフォルム(英:フォーラムの語源)と呼ばれる広場が置かれていたが、このフォロ・ロマーノは首都に開設された最初のフォルムであり、最も重要な存在であった。ローマでは、後に諸皇帝によっていくつかのフォルムが建設されたが、3基のバシリカと元老院議事堂を備えたフォロ・ロマーノは、そのなかでも中心的存在として機能し続けた。(ウィキペディア)


★パラティーノの丘〈 Palatino 〉

フォロ・ロマーノの隣にある小高い丘で、ここの展望所からはフォロロマーノのほぼ全域が見渡せ、絶好の展望ポイントになっています。

ここは高級住宅地で、共和制時代や帝政ローマ時代には貴族や皇帝の邸宅がこの丘に建てられてました。現在は遺跡としてこれらの邸宅の跡を見学することができます。


★テルミニ駅(Stazione di Roma Termini)

ローマの玄関口ともいうべきターミナル駅、テルミニ駅 (Stazione Termini) はイタリアで一番大きな駅であり、乗り入れ路線数、1日の乗降客数ともにイタリア1位です。ヨーロッパレベルでもとパリ北駅に続き2位です。

テルミニ駅はいつ行っても人でごった返していますが、ショッピング、お茶、休憩と一箇所でいろいろ体験でき、クリスマスやイースターなどの祝祭日で地元の商店、飲食店、タバコ屋等が閉まっている場合でも、テルミニ駅に来れば通常通り営業しているので、利用価値はとても高いです。

なお、駅構内と周辺は悪名高いスリや置き引きの仕事場となっていますので、自分の周りに充分注意をはらいましょう!自分の半径1m以内に人が近づいてきたらすぐに離れ、警戒して下さい。

中央駅はイタリア国内、国外行きの鉄道、地下鉄(全線)、空港行きの直通電車及びプルマン、市バス、トラム、タクシーの発着所となっています。構内は地下1階、1階、中2階に分かれており、ショッピングセンター、レストラン、カフェ、スーパーマーケット、銀行、薬局、郵便局、トイレ、ATM、警察、ホテル予約窓口、レンタカー会社などが入っています。


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# by amtask | 2017-11-21 23:03

備忘録 イタリア旅行ーその6

イタリア旅行―5日目の午後(ローマへ)
サンジャミニャーノからの4時間半のドライブの後、ローマに着いたのは遅いお昼時、その日のメニューは、焼きたてのピザ。私達はマルゲリータと、スパイシーなピザの2種類を選びました。
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その後はローマ市内観光、最初はバチカン美術館。
★バチカン美術館(伊:Monumenti, Musei e Gallerie Pontificie/英:Pontifical Monuments, Museums and Galleries)
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バチカン美術館 は、バチカン市国にあり、歴代ローマ教皇の収集品を収蔵展示する世界最大級の美術館である。日本語では「ヴァチカン美術館」、「ヴァティカン美術館」などとも表記する。
500年以上の歴史をもつバチカン美術館は、新旧さまざまな美術館の複合体であり、イタリア語の館名は単数形のMuseoではなくMuseiと複数形になっている。古代(ギリシャ・ローマ)彫刻、エジプト美術、エトルリア美術、現代キリスト教美術などの専門美術館のほか、ミケランジェロの絵画で知られるシスティーナ礼拝堂、バチカン図書館、中世の教皇庁の建物の一部(「ボルジア家の間」、「ニコラウス5世の礼拝堂」、「ラファエロの間」などを含む)も見学コースに含まれ、これらを総称して「バチカン美術館」と称している。キリスト教美術のみならず、古代ギリシャなどの異教の美術や、世界各地の民族美術なども幅広く収集展示されている。(Wikipediaより)
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★システィーナ礼拝堂(伊: Cappella Sistina)も見学しましたが、撮影禁止で写真はとれません。
ローマ教皇の公邸であるバチカン宮殿にある礼拝堂。サン・ピエトロ大聖堂北隣に位置するその建物とともに、ミケランジェロ、ボッティチェッリ、ペルジーノ、ピントゥリッキオら、盛期ルネサンスを代表する芸術家たちが内装に描いた数々の装飾絵画作品で世界的に有名な礼拝堂である。とくにローマ教皇ユリウス2世の注文(Photo)が注文し、ローマ教皇パウルス3世が完成を命じた、1535年から1541年にかけて描いた『最後の審判』はミケランジェロの絵画作品の頂点とされている。(Wikipediaより)

その後コロッセオは車窓から見るだけ、その日の最後の訪問地はトレビの泉・スペイン広場でしたが、交通渋滞の為、外の景色はすっかり日が暮れて真っ暗。その中でトレビの泉にコインを投げてきました。

★トレビの泉( Fontana di Trevi)
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トレビのいずみは、ローマにある最も巨大なバロック時代の人工の泉(噴水)である。ローマでも有数の観光名所として賑わっている。
ポーリ宮殿(Palazzo Poli)の壁と一体となったデザインで、中央に水を司るネプトゥーヌス(ポセイドーン)が立ち、左に豊饒の女神ケレース(デーメーテール)、右に健康の女神サルース(ヒュギエイア)が配置されている。これら池全体の造作はニコラ・サルヴィ (Nicola Salvi) の原案でピエトロ・ブラッチ (Pietro Bracci) が制作した。(Wikipediaより)

投げ方は水際を背に右手にコインを持ち、左肩越しにコインを泉に投げるのですが、混んでいて人をかき分け、水際に行くのが大変でした。バスの中でガイドさんが、「決してトレビの泉の傍で、財布からお金を取り出さないように」と注意があったので、投げるコインはしっかりとポケットにしまいました。
コインは1つ投げると、またローマに来ることができる、2つ投げるのと良い相手に恵まれる、3つは上手く別れられる、というらしいですが、新婚カップルが2組いたので、3つ目の説明をガイドさんは省略しました。

★スペイン広場(Piazza di Spagna)
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スペイン広場は、ローマ市内でも一番賑わっているところだとか。ここには変わった形の船の噴水があり、映画「ローマの休日」で有名になったスペイン階段、階段の上にあるフランス教会・教会の前のオベリスク・広場の前からのびるショッピングストリートがあったり、この広場がこの地域の中心的な存在になっているようです。観光客だけでなく。地元に人々にも親しまれている場所なのだそうです。

その日泊まるホテルに着いたのはすでに夜、ホテルはローマ市内から離れた住宅街にあるので、翌日の足を確保するための方法を考えなくてはなりません。何故なら翌日は終日自由行動なので、自分で目的地まで行かなければならないからです。

親切なガイドさんは、皆から市バスのチケットの注文をとり、買いに行って下さり、そしてホテル近くのバス停まで、案内してくれたのです。


翌日は一日中自由行動、ロ―マ市内に行きコロッセオを見る予定を立て、久しぶりモーニングコール無し、時間を気にせず、ベッドに潜りこみました。


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# by amtask | 2017-11-20 13:48

備忘録 イタリア旅行⁻その5

イタリア旅行 5日目(サンジャミニャーノ)

朝早くカレンツァーノを出発しバスは、1時間半のドライブの後、サンジャミニャーノ( SanGimignanoに着きました。

この街についての説明は↓

サン・ジミニャーノ(イタリア語: San Gimignano)は人口約8千人のイタリア共和国トスカーナ州のコムーネの一つである。

美しい塔が立ち並んでいることでよく知られている。この町並みが1990年にサン・ジミニャーノ歴史地区としてユネスコの世界遺産に登録された。

数々の塔は都市内での権力争いの名残りであり、最も力と富を持つ者が最も高い塔を建てた。また、中世に自治都市として最も繁栄していた時代には、塔を壊すときには新しい塔を建てなければならない法律が整備されていたこともあった。

最も多いときには70を超える塔が建っていたが、多くは取り壊され、現在残っているのは14のみである。また近代、現在の市街地はこの地区から数km離れたところにあり、塔を建てる習慣は残っていない。町の名はこの地で没したサン・ジミニャーノから。(Wikipedia)

バスがこの街に着いたのが、845分。

バスを降りた私達は、坂道を登り小高い丘の上からオリーブ畑や葡萄畑を見下ろすと、朝の柔らかい光の下で時間が停まったような静かな畑の景色が広がっていました。

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もう少し歩を進めると、坂・階段・坂道の路地など、起伏のある街に出ました。

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塔の街といわれるだけあって、塔に囲まれた広場もありました。しかし早朝なのと滞在時間のために、塔に登ることもできませんでした。

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朝早くて殆どの店がまだ開かれず、時は止まったままのよう。いつもは野菜、肉、魚、はちみつなどの食料品から、洋服、生活雑貨、電気製品などが売られているそうです。もう少し賑やかな時間に来れば、また違った印象を受けるだと思います。

私達が歩いた通りはサン・マッテオ通り。ハム屋、ワイン屋、コーヒー屋、お土産屋さんがずらりと並んでいます。絵を売るお店も2軒ありました。飾られている絵はこの街の風景などが多かったようです。

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そう言えば、チステルナ広場にあるジェラート屋が日本の雑誌に紹介された店としてありますが、私達もそのジェラート食べてみました。とても美味しく、これがイタリアのジェラートと思いました。今までジェラート食べたことがなかったのです。その後、ローマでも食べましたが、ここのジェラートの方が私の好みでした。

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たった1時間の滞在の後、サンジャミニャーノに心を残し、駐車場への坂を下りる途中で見たぶどう畑の景色がとてもきれいでした。

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短い滞在時間でしたが、とても印象に残る街サンジャミニャーノを後にして、私達は最後の目的地ローマへ向かったのです。


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# by amtask | 2017-11-20 00:34

備忘録 イタリア旅行 その4

イタリア旅行 4日目ー(フィレンツェ・続き)

遅めの昼食のあとは自由行動、レストランを出たところで解散になりました。夜7時半に再び集合してバスでホテルに戻ることになっていたのですが、私達は日曜日の混雑する街中で5時間を過ごすより、早めに市バスに乗って帰ることを選択。それに今まで、すべての移動は旅行社が用意してくれたバスだったので、公共のバスにも乗ってみたかったのです。

解散した時間は2時過ぎ、市バスの停留所まで、川沿いに歩いてみました。

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週末の日曜日ということもあり、大勢の人が河の周囲で寛いだり歩いたりしていました。

バスの停留所の近くまで行くと、大きな鉄道の駅があったり、すぐ傍の広場では野外コンサートが開かれていたり、地元の人々の暮らしを垣間見ることができました。

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ツアーガイドさんに教えられた通り、2番のバス停留所に着きました。ガイドさんから車内でも料金が払えると聞いていたので、切符を持っていなかったのが、ちょっと気がかりで、行列の前に並んでいる若い女性に尋ねました。やはり切符を買っておくことが必要だったようです。近くに居た人が切符を買う場所を教えてくれましたが、そこにバスが来てしまいました。私達が切符を持っていないことを知ったおばさんが、私に小さい紙片を渡してくれました。近くにいた人にこれは何か?と尋ねると、「4回分の回数券」と教えてくれました。切符を渡してくれたおばさんに、お金を払おうとして、探しましたが、見つかりません。せめてお礼を言いたかったのに・・・。

こうして私達は回数券を手にして、他の乗客と共にバスに乗り込みました。ほっとする間もなく、私達が泊まっているホテルの近くのバス停で降りられるかどうかが、心配になってきました。

30分を過ぎる頃、周囲の景色を見ながら、それらしきバス停で降りると、大正解。ここまではよかったのですが、ホテルの近くの大きなスーパ―マーケットの寄って外に出ると、真っ赤の夕焼け。その夕焼けに見とれているうちに、暗くなってきて道が分からなってしまったのです。

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クルマだけがビュンビュン飛ぶように走る道で、道を尋ねたくても人が見当たりません。

ようやく駐車していた車に乗り込もうとしていたおじさんに、私達が泊まるホテルの場所を尋ねると、方向を教えてくれたついでに、「クルマに載せていってあげるよ」とも言ってくれました。私達は2人なので大丈夫とお断りしました。でも気持ちは、親切な人たちのお蔭でぽかぽか暖かく、無事にホテルに戻ることができました。

それにしてもイタリアの人々、何て親切なのでしょう。見知らぬ東洋人の旅行者に4枚つづりの回数券を与えてしまうなんて

私はこの回数券を、旅の記念として大事にしようと思います。渡してくれたおばさんの顔は忘れてしまいましたが。

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その日の夕飯は、マーケットで買ったワイン・プロシュート(生ハムの一種)・ミニトマト・ホテルの近所のバーガーキングで買ったハンバーガーで済ませました。

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そして早くホテルに戻れたお蔭で、ゆっくりお風呂に入って寝ることができました。フィレンツェの名所旧跡を充分見ないうちに帰ってきてしまいましたが、イタリアの人々の親切に触れることができて、とても幸せな気持ちになれた夜でした。


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# by amtask | 2017-11-19 22:10

備忘録 イタリア旅行ーその3

イタリア旅行―4日目(フィレンツェ)
4日目の朝、バスでミケランジェロ広場(Piazzale Michelangelo)へ。
フィレンツェの住宅街の木々は紅葉の時期を迎えてとてもきれいでした。30分程でミケランジェロ広場に到着。
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ミケランジェロ広場は町の東南の丘の上に位置していて、ここからはフィレンツェの街が一望できるのです。
観光名所でも有名ですが、夏は恋人たちのデートスポットにもなっているほど夜景がきれいだとか。
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広場の中心には「ミケランジェロの記念碑」が建ち、ダヴィデ像のコピーが置かれています。
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次に向かったのは、ウフィッツェ美術館(Galleria degli Uffizi)。
ウッフィーツィ美術館 は、イタリアのフィレンツェにあるイタリアルネサンス絵画で有名な美術館。1591年より部分的に公開されており、近代式の美術館としてヨーロッパ最古のものの1つ。またイタリア国内の美術館としては収蔵品の質、量ともに最大のものである。( ウィキペディアより)
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これらを全て見るには1日では時間が足りません。有名な絵画作品を見逃すことなく効率的に回ることが、時間の少ない観光には必要です。ここではウフィツィ美術館の重要作品を一覧にして、短時間で充実した鑑賞ができるように解説します。
印刷してガイドブック代わりに持って行きましょう(ネットでこんな注意を読みました)

またガイドさんから注意されたことは、荷物の持ち方として、リュックサックは不可だとか。写真撮影は可だが、フラッシュは不可。何故リュックがダメかというと、無意識のうちに作品に触れてしまう可能性があるからだそうです。
それほど近くから原画が見られるという事なのです。撮影可には、ちょっとびっくりでした。
写真でしか見たことがない原画。有名な作品の前にはたくさんの人が居て、写真も斜めからしか取れなかったのですが、自分の目で見たという証に写真を撮りました。
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美術館を出た後は、フィレンツェ市内観光です。まず、フィレンツェとはどんなところか、トスカーナの丘に囲まれたフィレンツェは、メディチ家の繁栄と富に支えられ、ルネサンス文化が開花したのが15・16世紀。街全体が「屋根のない美術館」といわれるほど、素晴らしい建物が溢れるほど建っています。
いくつか見逃せない建物を写真に撮りましたが、建物と名前がなかなか一致できませんでした。ネットで調べてようやく建物の名前を知ることができました。

★ドゥオモ (Cattedrale di Santa Maria del Fiere) 往時の栄華を偲ばせる建物。高さ106mの円蓋を持つ聖母教会。
1296年から約140年の歳月をかけて建てられた大聖堂。街のどこからでも望むことができ、フィレンツェの赤い屋根の中でも特に目立つ存在です。外装は白大理石を基調とし、緑、ピンクの大理石によって装飾されたゴシック様式の建物。八角形の天蓋と採光部は初期ルネサンス、そして19世紀に完成した正面の部分はネオ・ゴシックによる混成。聖堂の大きさとしては世界で4番目に大きい。(ネットの説明を抜粋)
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★ジョットの鐘楼(Campanile di Giotte)サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の脇に建設されている高さ約84m、
大聖堂と同じく赤、白、緑の大理石で作られているゴシック様式の鐘楼である。( ウィキペディア)
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★シニョーリア広場(Piazza della Signoria) フィレンツェの行政の中心となっている広場。ここにはたくさんの彫像、銅像があります。ランツィのロッジア(回廊)にはメディチ家コジモ1世の騎馬像、今でも市役所が入るヴェッキオ宮殿入口には、ミケランジェロのダヴィデ像(コピー)などがあり、屋外の博物館のような感じの広場。噴水の周りは、待ち合わせ場所として最適だとか。

★ ロッジア・ディ・ランツィ(Loggia dei Lanzi)またはランツィの回廊は、イタリアのフィレンツェにあるシニョリーア広場の角にある建物で、ウフィツィ美術館に隣接している。
ロッジア・デッラ・シニョリーア (Loggia della Signoria)、シニョリーア回廊ともいう。幅広いアーチの開口部が通りに面している。アーチはコリント式柱頭のある束ね付柱で支えられている。この幅の広いアーチはフィレンツェ人にとって魅力的だったようで、ミケランジェロはシニョリーア広場全体をこのアーチで取り囲むことを提案したほど。(ネットの説明文抜粋)
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★ヴェッキオ宮 (Palazze Vecchio)1299年~1314年に建設され、かつてのフィレンツェ共和国(トスカーナ公国)の中央政庁があったゴシック建築の宮殿。現在も市役所として使用されている。ヴァザーリとその弟子達によって描かれた、天井や壁一面のフラスコ画が圧巻。時計台のある建物。(ネットの説明を抜粋)
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★ヴェッキオ橋(Ponte Vecchio)
フィレンツェ最古の橋「ポンテ・ヴェッキオ」
橋の上にアパートが立ち、それがピンクや黄色に塗られているとてもユニークな橋。この橋は1345年の建造、663年も前に作られました。日本でいうと鎌倉幕府が滅び、足利が天下を取った頃、そのような大昔の橋が存在し、今なお十分に橋としての機能しているのです。(ネットの説明文)
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市内観光が終わった後は、革製品のお店に案内されました。私は見るだけでした。
その後は、レストランに案内されてランチタイム。そこで出された茸のスパゲッティーが、旅行中食べた食事の中で一番美味しかったのです。
食事が終わると時間は午後2時、その後は自由時間、次の集合は夜7時30分にバスが迎えに来て、ホテルに帰ることができます。でも買い物をする予定もないし、お腹はいっぱいだし、疲れてきたし、どうしよう・・・。<続く>

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# by amtask | 2017-11-17 23:43

備忘録 イタリア旅行ーその2

イタリア旅行-3日目(ベネチア)

3日目の朝、ノヴェンタ・ディ・ビアーブのホテルを出発して、約40分後、ベネチアに到着。バスを降りて、水上バス(ヴァポレット-Vaporetto)に乗り、ゴンドラ船着き場へ。水上バスから見ると、港には大型のクルーズ船が4つも停泊していましたが、バンクーバーで見るクルーズ船より大きいと思いました。

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ベネチアといえばゴンドラ遊覧。一度は乗ってみたいゴンドラです。

団体のツアーなので、すぐゴンドラに乗れました。同じツアーグループのメンバーが5人一組となって、1つのゴンドラに乗り込みました。写真は私たちの乗ったゴンドラの船頭さんです。

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遊覧の時間は約30分。狭い水路を行くのですが、とても狭いところでは、船が行き交う時、船体が岸の壁にこすれるほど。

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行き交うゴンドラの中には、アコーディオンの音楽付きグループがあり、賑やかに歌ったり陽気に騒いでいました。でも若い船頭さんは、ちょっとつまならそうな表情でした。

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30分の遊覧のあと、狭い水路から広い海に出て、ゴンドラは港に戻り、私達は下船して全員集合。

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水路から離れた後は、ベネチア市内観光です。

(↓説明文はガイドさんの説明と、ネットで調べた説明の抜粋です)

サンマルコ広場( Piazza San Marco

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ベネチアの中心的な広場で、回廊のある建物に囲まれ、ドゥカーレ宮殿サン・マルコ寺院などがある。世界で最も美しい広場とも言われており、観光名所のほか、海からの玄関口でもある。また市政と祝祭行事の舞台としてベネチアの歴史を刻んでいる。

サン・マルコは、ベネチアの守護聖人である福音記者マルコに、由来する。サン・マルコ寺院の聖堂の正面部分は柱廊に囲まれた台形になっていて、実際より奥行きがあるようにみえる。この台形広場(piazza)に、海に面したサン・マルコ小広場(Piazetta San Marco)が続いており、全体としてL字型になっている。小広場にはカナル・グランデに面して2本の円柱があり、それぞれ頂上に聖マルコを象徴する「有翼の獅子」像と、「聖テオドーロ」像があり、昔はこの柱の間に死刑執行台を設置したため、地元の人たちはこの柱の間を通り抜けないという。

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★サン・マルコ寺院(Basilica di San Marco)―↑写真の上段 

福音記者マルコにささげられた、イタリアのヴェネト州の州都ベネチアで最も有名な大聖堂。 ビザンティン建築を代表する記念建築物であるとされるが、その当時、コンスタンティノポリスで500年以上も前に流行した形式を採用している。

★ドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)―↑写真の中断 

共和国の政庁兼宮殿として使用されてきたベネチア・ゴシック様式の代表建築。ベネチアの玄関口、サン・マルコ広場にある豪奢な造りの建造物。9世紀に創建され、15世紀に大改築された、共和国の政庁兼宮殿として使用されてきた宮殿。内部に大きな中庭を持ち、それをぐるりと建物が取り囲む形になっている。ベネチア映画祭の会場としても有名なこの宮殿、ベネチア・ゴシック様式の代表建築といわれ、ドゥカーレ宮殿の美しさは、白とピンクの大理石で飾られた壁面と、建物を支えている独特の大小のアーチ列柱。一方で、この宮殿の内部には、1516世紀に活躍したティントレットなどベネチア派の画家たちの壁画や天井画が並び、その簡素な回廊の造りとは正反対の豪華な装飾が施された天井が見られる。特に「黄金の階段」と呼ばれる美しい様式美は必見。

かつては行政すべてが行われていたドゥカーレ宮殿。現存している部屋は大統領官邸、裁判所、国会議事堂などの役割を果たしていたもので、その他、武器庫や監獄なども見ることができる。その内部には、ベネチアの繁栄や栄光を讃える作品が所狭しと飾られている。ベネチアは、1204年にコンスタンティノープルを戦略し、クレタ島、キプロス島をはじめ、イタリア半島ではパドヴァやラヴェンナ、ヴェローナなども領土に加え、勢力を拡大した。また、当方見聞録で知られるマルコ・ポーロもベネチア出身で、1271年に東方へ向けて旅立ち、中国(元)のフビライ・ハーンに 仕えた後、1295年に帰国している。「元老院の間」は、ベネチアを代表する元老院の議員たちが外交政策や戦争に関する議論を行った部屋。

★溜め息橋(Bridge of Sighs)―↑写真の下段

宮殿近くの運河に架かるため息橋。17 世紀に、ドゥカーレ宮殿の尋問室と刑務所をつなぐために建造されました。四方を囲まれたこの橋を渡って監獄へ向かう囚人たちが、窓から最後の眺めになる美しい街を見てため息をついたという言い伝えがある。また暗い過去があるにもかかわらず、白い石灰岩でできたこの橋はベネチアでも指折りのロマンチックなスポットとして知られています。恋人たち日没にゴンドラに乗って、橋に下でキスをすると、永遠の愛と喜びに、ため息をつくというのです。


昼食は自由行動―イカ墨パスタ・トマトとバジルのパス・アサリのパスタなど。ツアーメンバーの方達とご一緒しました。パスタは美味しかったでが、イタリアで一番物価の高いというベネチア、お値段も高かったです。

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バスの集合時間まで、ベネチアングラスの加工工程を見せてもらったり、商店街を覗いたり、でも時間に追われて気ぜわしく、何も買いませんでした。

2時半過ぎ、バスに乗り込み次の目的地、カレンツァーノに向かい、4時間後の6時半にはホテルに到着。他の大きなツアーグループも入り混じって、ロビーは賑やかに人が溢れていました。

夕食は、パスタ牛肉の煮込み、ワインと共に美味しく戴きました。

ツアーグループの人達とも顔見知りになり、情報交換したりおしゃべりしたり、楽しい食事の時間を過ごしました。


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# by amtask | 2017-11-14 22:57

備忘録 イタリア旅行ーその1

イタリア旅行-1日目(成田からミラノへ)

以前から行きたいと思っていたイタリア旅行、ようやく実現しました。

日本から添乗員付きのツアーと思っていたので、この秋、日本に戻ってから、旅行開始日の3週間前に申し込みました。68日のイタリア主要4か所を回る駆け足旅行です。

1026日のお昼に成田を発ったアリタリア航空(AZ787)は、同日1830にミラノ(マルペンサ)に到着。

外はすっかり暗くなり、ホテルに向かうバスの車窓からは、景色も良く見えませんでしたが、よく整備された大都会であることがわかりました。

バスは一時間もしないで、その日に泊まるホテルに着いたのですが、ホテルは小さくて古く、割り当てられた部屋に入ると、まずベッドのサイズが小さいことにびっくり、横幅が狭いので、寝返りしたら、床に落ちるのではないかと思うほど。次に、浴室に入ると浴槽はなくシャワーだけ。

その日の夜は、外出もできないので、日本から持参したカップヌードルを夜食として食べました。旅行社から配られたホテル情報で、コーヒーメーカ―もないことを知り、湯沸かし器を持って行ったのは大正解。暖かい飲み物・食べ物でようやくほっとした時間が持てました。やはり12時間以上のフライトで疲れ果て、夜食の後は寝るだけでした。


イタリア旅行―2日目(ミラノーヴェローナーノヴェンダ・ディ・ビアーブ)

翌朝は朝食後、バスに乗ってミラノ市内観光です。2時間半の中で見たものは、

★ドゥオモ(Duomo di Milano)

ロンバルディア州ミラノの象徴である。都市の中心の同名のドゥオーモ広場に位置し、聖母マリアに献納されている。14世紀500年もかけて建てられたゴシック建築。世界で2番目に大きい大聖堂は3400もの彫像で飾られ、光によって大理石の色が変わる。このドゥオーモ広場の南にヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアがあり、そのまま ミラノスカラ広場へ通じている。

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★スフォルツェスコ城(Castello Sforzesco)ミラノの実権を握ったスフォルツァ侯爵の住居兼要塞で、現在は博物館になっている。ルネッサンス期の宮殿。

(写真はありません)


★ヴィットリオ・エマヌエール2世のガッレリア(Galleria Vittorio EmanueleⅡ)

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この高級ショッピング モールは、ファッションと高級グルメが一体になった観光スポットで、ドゥオーモ広場に面している。建築物としても大変貴重なもので、世界で最古のショッピング モールとも言われている。

4 階建ての高さがある 2 つのアーケードはガラス張りの天井で覆われ、8 角形のガラス製のドームで交差している。内部には名高いデザイナーの旗艦店が多々建ち並び、現代ファッション界を代表するアーケードになっている。19 世紀建築技術の粋を集めた建物だけでも一見の価値がある。

アーケードのドームの下にはミラノ、トリノ、フィレンツェ、ローマの紋章を描いた 4 つのモザイクがあります。トリノの紋章である牡牛の上にかかとを乗せてぐるっと回転すると、幸運が訪れるという言い伝えがあり、多くの人達がぐるっと1回転するモザイクには小さな凹みが見られる。(インタネットで調べた説明、抜粋)

ミラノの街は、近代的な街の中に古い重厚な歴史的建造物があるかと思えば、市バスや市電など利便性も良そうでした。

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また趣のある路地に入ると、生活に密着した食べ物や文房具などを売る可愛いお店があったり、時間があったらゆっくり回ってみたい興味深い街でした。

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昼食はミラノ風カツレツ、それほどのボリュームもなく、完食しました。 

昼食後、またバスに乗りベローナ(Verona )へ。2時間半のバスの旅は昼寝に最適。

バスは、古めかしい円形闘技場がある、ブラ広場(Piazza Bra)に着きました。この円形闘技場(アレーナーArena di Verona)は、1世紀、2000年以上前に建築され、ほぼ完全な形が残る貴重なもの。22000人の席があり、夏にはここで屋外オペラが開かれるとか。

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ブラ広場には、アレーナや市庁舎があり、私達ツアーのメンバーの解散。集合場所は市庁舎の前になりました。

私達のベローナ散策は約1時間という短い時間でしたが、ジュリエットの家(ロメオとジュリエットの舞台となった家)に行って、ジュリエットの像の胸を触ってきました。ジュリエットの像の右胸に触ると、幸せな結婚ができると言われているのですが、私が触ったのは、もしかして左胸だったかもしれません。

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その後は、賑やかな商店街にいき、ジェラートや、チョコレートをまぶした苺などを食べてみました。

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その後は、中央に噴水があり、果物や野菜を売っているエルベ広場(Piazza delleErbe)に行ったりしました。果物を買いたかったのですが、値段がわからず買うのをやめました。翌日、買った人の話を聞くと、林檎1個が5ユーロ位したそうです。

夕陽が沈む前に私達は再びバスに乗り込み、その日の泊まるヴェンダ・ディ・ビアーブ(ヴェネチアの近く)に向かい、約2時間後、目的地に着きました。

夕食は、そのホテルでパスタと魚料理が出されました。

明日はいよいよベネチィア観光です。私にとって、この旅行の一番のハイライトです。


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# by amtask | 2017-11-12 11:03

日本に戻り半月が経ちました

早いもので、つい最近日本に戻ったばかりと思っていたのに、気が付いたら半月も経っていました。一体私は何をして、どこに行ったのでしょう。

まず、帰国後、すぐやらなければならなかったことは玄関前の植木の剪定。たった3か月留守にしただけなのに、数年前に植えたオリーブの木が2階の屋根に届くかと思うぐらい伸びて茂り、まるで「ここは空き家です」というような景色になっていたからです。

次は、1カ月前に予約してあった歯医者さんへ。これは日本に一時帰国する大きな動機、時差ボケであっても行かねばなりません。

少し時差ボケから解放されて、友人とランチに行ったり、おでんパーティーに呼ばれたり、買い物に行ったり。また旅行の計画も立てるために図書館に行ったりしているうちに半月が経ってしまいました。

近所を歩くと秋の花(朝顔・萩)が咲いていました。友人に家に行く途中、今開いたばかりという新鮮な芙蓉の白い花が印象的でした。       

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日本に戻り暫くすると、どこからか金木犀の花の香りが…。あの懐かしい初秋の香り。見上げると金木犀の花が咲いているのが見えました。金木犀の開花はいつも香りが告げてくれるのです。

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そして近所の神社で行われた、毎年恒例の「六所の森コンサート」へ。今年のプログラムはMusical Sound of Music、 ギターに合わせたテノールの声と、透き通るような子供たちの歌声が印象的でした。

六所の森コンサートは、地域のボランティアの方たちの尽力で成り立っています。

その日は世田谷区の区長さんの挨拶もありました。子供達の合唱団は、地域の小学生のグループ、色々なコンクールで何度も受賞するほどの合唱団なのです。

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ある日は、友人とランチするために渋谷へ。今やすっかり渋谷の名所になったスクランブル交叉点、いつも渋谷駅の建物の2階の窓から写真を撮るのですが、その日は歩行者の目線で撮ってみました。歩行者の為の信号が青になると、沢山の人たちが怒涛のように一斉にいろいろな方向に向かって信号を渡ろうとするのです。途中で写真を撮っている人達もいます。でも不思議と人々はぶつからないで交差点を渡るのです。

そして、信号が青から赤に変わると、ほんの数秒間、交叉点は人も車も居ない状態になるのです。そしてまた数秒後には、沢山の車で交差点は埋め尽くされるのです。 

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私が日本に戻った直後、衆議院の解散総選挙が決まりました。

選挙公示後の初めての週末、友人達に会いに吉祥寺に行きました。友人の一人は元区議会議員さん、お昼ご飯の前に、生まれたばかりの政党、立憲民主党の街頭演説を聴こうということになり、駅前に行って見ました。

凄い人の数、人々は立ち止まり、候補者の演説に聞き入り、拍手する人も多く、熱気に包まれていました。若い警官が、「歩行者の邪魔にならないように‼」と声をからして叫んでいますが、車道も、歩道も演説を聞き入る人ですぐ一杯になるほど。

枝野さんの演説が最後で、彼が語り終えると、コンサートの終わりに演奏者にアンコールを求めるような拍手が沸き起こりました。

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投票日まであと1週間、日本の政治は❓経済は❓どうなるのでしょう。と考えながら友人達とランチした後、駅中のコーヒーショップでお茶して帰路につきました。


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# by amtask | 2017-10-15 22:41 | Comments(10)