中国のお正月-春節

今日2月18日は、中国のお正月。韓国や東南アジアの国々もこの日がお正月だという。
朝起きたら、とても良いお天気、少し遠いけど中華街まで行ってみることにした。12時にパレードが始まるというので、少し早めに行った積りだが、チャイナタウンの入り口に着いた時には、凄い数の人が集まっていた。とにかく凄い人・人・人!楽隊の奏でる音楽や爆竹の音がお祭り気分を盛り上げている。
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二重三重の人垣の間から、沿道を見ようとしても何も見えない。背伸びしたり、人の隙間から写真を撮ろうとしていたら、前に立って写真を撮り終えた白人のおばさんが、少し隙間を作ってくれた。パレードを待機している人々の様子が垣間見えた。
圧倒される色使いの衣装に、カラフルな動物の張子、エネルギッシュな中国が感じられる。
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パレードが始まった。龍や獅子、それに今年の干支の「豚」の張子も、パレードに参加。
行列には、退役軍人・若い人のグループ・HSBC(香港上海銀行)・キャセイパセフィック(中国系の航空会社)まで加わっている。またバンクーバー市長も車椅子に乗って参加していた。何しろ、頭がどこで尻尾がどこか分からないぐらいの長い行列だ。
沿道では、赤い袋や、小さなセロファン紙の袋に入ったお菓子などが最前列に配られている。縁起物なので、私も手を差し出したら、運良く一つゲットできた。
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スノードロップの花をお正月前に見ると、その年は幸運に恵まれると言う言伝えがある。
中国のお正月、2月に半ば過ぎは、スノードロップの花盛り、バンクーバーに住む中国人は皆、幸運に恵まれることになる。ついでに私にもお裾分けが来た!それがこの赤い袋かも知れない。
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# by amtask | 2007-02-19 16:18 | Comments(8)

今日はバレンタインデー

今日はバレンタインデー、カナダのバレンタインデーはどんな祝い方をするのだろうと、思っていたら、英語学校の今日の授業は、バレンタインデーについてだった。

まず、先生は「バレンタインデーは愛を祝う日」、それも、親子・兄弟・人類愛などではなく、“Romantic love”だと説明。カナダでの習慣は、チョコレート・花(赤かピンクの薔薇)・香水・宝石などを恋人や夫婦間で贈るのが一般的、また恋人達はディナーを楽しみダンスをしたり・・・などと真面目な顔で言っていた。日本と違うことは、女性から男性にではなく、“each other”互いにというところだった。
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今日の授業で、その起源をいくつか説明してくれたが、そのひとつは次のようなストーリーだ。
古代のローマ、Claidius二世は、男達が軍隊で戦うために結婚を禁じた。しかし男達は結婚を望み家庭を持つことを望んだ。恋人のいる人達はこの法律で皆不幸になってしまった。が、“Bishop Valentine”という聖職者は、法に背いて密かに結婚した。そしてClaidius二世がこれを見つけ、彼を牢獄に捕らえた。Valentineが牢獄にいる間、子供たちは贈り物を届け、手紙を窓から投げ入れた。これがValentine dayにカードや贈り物をする習慣の起源だと言われている。Claidius二世は2月14日にValentineを殺してしまった。200年後、ローマ教会は、Valentineを“Saint of Lover”(恋人の聖徒)として2月14日を彼を偲ぶ日とした。

最近の日本では、バレンタインデーが近づくと、洋菓子屋さんやデパートのチョコレート売り場には女性達の行列ができる。無宗教の日本は、何でも取り入れる面白い国だが、人々は商魂逞しい、洋菓子屋さんやデパートの商戦に載せられてしまい、きちんと意味が分かっている人ばかりではないように思う。私自身も「キリスト教に関係のある行事」・「義理チョコ」ぐらいしか連想できなかった。
こうして学んでみると、バレンタインデーの意義や、200年後にローマ教会がValentineを聖人に昇格させた意味が分かるような気がする。男を戦わすために結婚を禁じたら、子供が生まれなくなってしまう。それこそ、その時代のローマは「少子化」に悩むことになる。大いに恋をして子孫を増やそうと言うローマ教会の考えた正しかった。などと、今の日本の少子化と話をダブらせてみたり、結構面白い授業だった。
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我家では、近くのマーケットでリンツのビターチョコレートを買っただけ。
それより、以前から気になっていたワイン屋さんで、“Our favorite wine ”を注文しに行ったのだが、それほど「ワイン通」でない私達、沢山のワインの中から選ぶことができず、資料を沢山もらってきてこれからお勉強、というバレンタインデーだった。
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# by amtask | 2007-02-15 18:16 | Comments(6)

春なのになぜ「クリスマスローズ」?

2月初め、公園の落ち葉の中で下を向いて咲いている白っぽい花を見た。とても地味な花に見えた。どんな花なのだろうと上を向かせて、花の中を見たら、薄い紫の斑点の模様があり、きれいな花だった。スノードロップもそうだが、早春に咲く花はなぜ下を向いて咲くのだろう。きっと、落ち葉の中から、雪を掻き分けて地上に出て来るには、下を向いて伸びるしかなかった。そして寒い風をよけるにも、下を向く姿勢が適していたに違いない。
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数日後、公園に行ってみたら、ピンクの花が咲いていた。
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道を歩くと、ピンクの花も白い花もたくさん見られるようになった。その花の名前を調べてみたら、「クリスマスローズ」だった。
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クリスマスローズの花は小首を傾けるように、うつむいて咲いている。
何かを聞き取ろうとする様子が、「追憶」「私を忘れないで」「慰め」等という花言葉のイメージにぴったりだ。
2月に咲くのに、なぜ「クリスマスローズ」?という素朴な疑問を持ったが、英語ではLonten Rose(レンテンローズ)とも呼ばれているという。“Lenten”とは、キリスト教の復活祭前の40日間を言うのだそうだ。
クリスマスローズの原産国は東欧。寒い国から来た移民と共にカナダに来て、しっかり根を下ろし花を咲かせている。
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# by amtask | 2007-02-14 16:14 | Comments(4)

初めて出会ったスノードロップ

数日前、テニスコートからの帰り道、公園の林の中で、枯葉の間から、緑色の葉の間に咲く小さな純白の雫のような花を見つけた。もしかしてこれがスノードロップ!でも私が写真で見た花はもっと小さくて、花びらは少し開いていた。
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そして3日後、その公園に行ってみた。あの花は、スノードロップだったのだろうか、今頃花は開いているかもしれない。霧雨の中、公園に向かった。そして林の中に群生している花と再会した。たくさんの花の中には、少しは花びらが開いているのもある。写真で見たスノードロップの花と同じ! 探していた宝物を見つけたような気分だった。
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それから、下を見ながら歩く習慣がついてしまった。よく見ると、アパートのフロントガーデンや、空き地のようなところにも、スノードロップが群生している。丈が小さいのもあれば、公園で見たような大きめのものもある。気を付けてみれば、至る所に咲いている。
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スノードロップの花言葉は「希望」。またお正月の前にこの花を見ると、翌年の幸福が約束されるという。中国やアジアの国々からの移民が多いバンクーバーは、2月18日に2回目のお正月を迎える。お正月前にスノードロップを見られるバンクーバーの人々にとって、この花は幸福を呼び、春を告げる花なのだ。
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# by amtask | 2007-02-08 16:02 | Comments(6)

風速90メートルの傷跡

久しぶりに、近所の友人のアパートに遊びに行った。ダイニングテーブルの横に真新しいガスコンロが置いてある。「アラ、これで鍋物するの?」と私。彼女「12月に3回も嵐が来て、停電になったところもあるの。それでこれを買ったのよ。電気が止まったら何も食べられないでしょう。凄かったんだから!風速90メートルの風が吹いたのよ」まさかと思い、調べてみると、バンクーバー国際空港では最大瞬間風速95mを記録したそうだ。想像を絶する嵐だったのだ。一体、瞬間風速90メートルとはどんなものだろう。先日、公園で撮った写真をもう一度見た。確かに凄い!
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この写真は、公園の立入禁止になっている地域の周辺でとったもの、3,000本もの大木が倒れたと思うだけで、この異常気象はただごとではない。
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最近こんな光景にも慣れてしまったが、もう一度風速90メートルの嵐の凄さを、心の留めておかなければと思う。「のど元過ぎても嵐の凄さを忘れ」てはならない。テレビでは毎日北極の氷が解けている映像を流している。
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数日前、テニスコートの近くで、苔むした大きな木が倒れているのを見た。何か枝の先にピンクの花が・・・梅だろうか?咲きかけていたピンクの花、思わず一枝折って家に持ち帰り、ジャムの瓶にさした。我家の食卓は、この一枝で春が来た。でも、こんな美しい可憐な花が咲く木が嵐で倒れてしまったのだ。今年の春は、去年のようなきれいな桜が見られるのだろうか。
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# by amtask | 2007-02-02 10:49 | Comments(2)

公園の「思い出ベンチ」

1週間ほどまえ、海辺の公園を通りかかった時、古いベンチに花が飾られているのを見た。昨日そのベンチの前を通りかかったら、まだその花が飾ってあった。公園のベンチの背もたれには、金属のプレートが貼られ、字が刻まれていた。
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それを読むと、30歳で亡くなったマイクという男性の家族や友人が、故人を偲ぶ内容だった。そのベンチの古さから、また亡くなった年がかなり以前であることから、何かの記念日に、故人の家族や親しい人たちが、このベンチを訪れ、花を飾ったのだろう。

おととしの夏、ロンドンに旅した時にも、公園には同じようなベンチをよく見かけた。イギリスには香典という習慣がないので、その代わりに慈善団体などへ故人の家族や友人・恋人が寄付するという。その寄付の証が公園のベンチ、それも故人が好きだった景色が見渡せるところの置くのだそうだ。
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そう思って回りを見回すと、同じような古い木のベンチが沢山あるのに気が付いた。
そのほとんどが、歩き疲れた人が思わず座りたくなるような、例えば湖の水際であったり、静かな公園の林の中、海が見渡せる丘の上などに、置かれている。
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人が座っていないベンチは、ちょっと寂しげな風情があるが、ベンチや椅子のある風景は、人のぬくもりが感じられる。木の古いベンチひとつひとつには、それを寄贈した人たちの思いが込められている。

※ 最近日本でも東京都が「思い出ベンチ事業」を始めたそうで、ベンチの増設や更新のため、個人や法人から寄付を募るという。また、寄付者は、その公園での思い出や人生の節目に当たってのメッセージなどを、ベンチに刻んで残すことができるらしい。
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# by amtask | 2007-01-28 11:46 | Comments(2)

晴れた土曜日ー自然がくれた贈り物

久しぶりに晴れた土曜日、風はなく暖かいこんな日は、誰でも外に出たくなる。私達も、ダウンタウンに行く予定を変更して、海辺の公園へ。
海沿いの公園には、すでに沢山の人たちが陽の光を楽しんでいる。青い空に白い雲、丘の上に登ったおばさんも、本当に気持ちよさそう。
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でも夏とは違い、どこか頼りない陽の光。
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頼りなくても冬の日は嬉しい。穏やかな光を浴びて、人も水鳥も思いっきり海を楽しんでいる。気の早いおじさんはサーフボードに乗っている。黒い水鳥たちは一列になり、一羽が水に潜ると、全員が水にもぐり、しばらくすると次々に姿を表わし、仲良さそうに水面を進んで行く。
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帰路についた。人影もまばらになった水際で遊ぶ若い父と子のシルエット。
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冬の日は短い。4時近くなると、もう陽は沈む用意をする。それでも陽の光を惜しむように、人々は潮の香りを嗅ぎ、弱い冬の陽を浴びている。
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あと30分もすると、夜の帳が下りてしまう。
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# by amtask | 2007-01-21 16:35 | Comments(2)

嵐の後のスタンレーパーク

雪が止んだので、スタンレーパークに行ってみた。林の中に入ると、雪をのせた葉の間に芽が膨らんでいる。
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後で、カサッと枯葉が音をたてる、振り向くと、黒や茶のリスが出てきてエサをねだるしぐさをする。このリス達冬眠しないのだろうか。
茂みを抜けると、雪が積もった広場にでた。まだ午後早い時間なのに、黒いサギが一羽足を1本にしてじっと佇んでいる。もう眠る支度をしているのだろうか。そーっと近くに寄ると、サギも歩き始めた。一定の距離を保とうとしているようだ。
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海に繋がるLagoon (潟)に出た。凍った水の中に立っている枯れ木に、寒そうにカラスが一羽止まっている。
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Lagoon に沿って歩くと、半分が凍った浅瀬に出た。まるで水鳥たちの集会場のようだ。お腹がすいた水鳥は、凍っていない水面にもぐって魚を食べている。
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帰り道、岸辺を歩くと、嵐で折れた大木が無残な姿を晒している。原生林には、行くことができないが、嵐で3000本も巨木が倒れたという報道があった。きっと凄い光景なのだろう。
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赤いジャケットを着たライフガードのおじさん達が、公園を見回っていた。たび重なる嵐で壊されたこの広大な公園を、元通りの公園に修復するには、長い時間と大変な人手やお金をかけなければならないという。それでも、植物は芽を膨らませ、動物達は冬眠から目を覚まして春を待っている。
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# by amtask | 2007-01-18 11:12 | Comments(4)

バンクーバーの雪景色

嵐の翌朝、窓のカーテンを開けると一面の雪景色。やはり異常気象は続いている。降らないはずの雪が降り、バンクーバーでは珍しい雪景色が見られた。
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朝、雪が凍って滑りそうな道を歩いて10分、バークレーマナーに向かう。先週は、新しいESL(English for Second Language)のクラスがスタートした。その教室はバークレーマナーの2階にある。
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赤い実を付けた枝が、雪で重そうにしなっている。
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夕方、アパートに帰る途中、はしご車を見た。でもこのはしご車、火事を消すためでなく、木の枝を切るため。はしごの先端で、人が枝を切っていた。最近の嵐で、大きな木が近隣に被害を与えているからだろう。
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先週の嵐で、スタンレーパークはこの冬2度目の立ち入り禁止になった。3,000本もの巨木が嵐で倒れてしまったからだ。

去年は2月半ばに桜が咲き始めた。今年はこの寒さで、桜の開花は遅れるだろう。春は待ち遠しいが、ピーンと張りつめたような寒さの中を歩くのも、悪くはない。春は、寒い冬の後にしかやって来ない。
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# by amtask | 2007-01-15 16:26 | Comments(4)

野生のカモメ

日本とカナダを行ったり来たり、「渡り鳥」している私だが、カモメも渡り鳥で、神奈川県の県の鳥だということも知らなかった。
バンクーバーに住むようになってカモメはとても身近な鳥になった。春に借りたアパートも、今住んでいるアパートでも、朝はカモメの鳴く声で目が覚めて、カーテンを開ければ、カモメが飛び交っているのが見える。

ある日、向かい側に建つアパートのバルコニーの手摺に、その部屋を覗き込むような向きで1羽のカモメが止まっていた。普通、鳥は外敵に襲われないように、外を向いて止まるかと思っていたので、ちょっとびっくり。

そして数日前の夕方、外出から戻ると、向かい側のアパートの手摺に止まっていたカモメが飛び立つのが見えた。どこに向かうのかと見ていると、こちらに向かって飛んで来る。そして何と、我家のバルコニーの手摺に止まり、ガラス越しに部屋の中を見ている。窓の傍に私が近寄っても全然怖がらない。そのカモメは至近距離で見るととても大きくて恐いほど。体自体も大きいが、嘴は鋭く水鳥なので足の水かきも大きい。かなり長い間、同じ場所に止まっていたが、その日はどこかへ飛び立っていった。
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そしてよく翌日の夕方、買い物から帰ると、また同じカモメが飛んで来て手摺に止まった。
またしばらくすれば、どこかへ飛んで行くだろうと思って本を読んでいたが、ふと外を見ると、まだ同じところに止まっている。とうとう、夫がパンの耳を持ってきて、バルコニーのドアを開けた。すぐ逃げると思ったが、全く動かない。夫がパンの耳を空中に放り投げると、手摺に止まったまま大きいパンの耳を上手にキャッチして一口で飲み込んだ。
一瞬のことだった。そして小雨の中、そのままジーッと止まっている。嘴の周りの産毛が風になびいて寒そうだ。かなり時間が経った。人の心に訴えるように、鋭い声で何か切なそうに鳴いたかと思うと、どこかに飛び立っていった。
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アパートのバルコニーは沢山あるのに、何故私の部屋のバルコニーに来るのだろう。どうも人が帰ってきた部屋を見つけて、飛んで来るのかもしれない。きっと人がいれば餌をもらえることをどこかで学んだのだろう。

カナダでは野生動物にエサをやることは禁止されている。野性の鳥や動物が自然の中で生きるのは大変なことだが、安易に人からエサをもらい、自分でエサをとる事ができなくなってしまえば、生きてはいけない。だから、野生動物への餌付けは、動物虐待だと考えられている。「エサを欲しがるから」「可愛いから」餌をやることが、まさか虐待とまで思わなかったが、結果を考えればそのとおりだ、また、野生動物や鳥に接すれば、私達が色々な菌やウィルスが感染することもある。
私達人間のため、野生動物のためにも、やはり安易に餌をやってはならないのだ。
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# by amtask | 2007-01-10 10:53 | Comments(2)