野生のカモメ

日本とカナダを行ったり来たり、「渡り鳥」している私だが、カモメも渡り鳥で、神奈川県の県の鳥だということも知らなかった。
バンクーバーに住むようになってカモメはとても身近な鳥になった。春に借りたアパートも、今住んでいるアパートでも、朝はカモメの鳴く声で目が覚めて、カーテンを開ければ、カモメが飛び交っているのが見える。

ある日、向かい側に建つアパートのバルコニーの手摺に、その部屋を覗き込むような向きで1羽のカモメが止まっていた。普通、鳥は外敵に襲われないように、外を向いて止まるかと思っていたので、ちょっとびっくり。

そして数日前の夕方、外出から戻ると、向かい側のアパートの手摺に止まっていたカモメが飛び立つのが見えた。どこに向かうのかと見ていると、こちらに向かって飛んで来る。そして何と、我家のバルコニーの手摺に止まり、ガラス越しに部屋の中を見ている。窓の傍に私が近寄っても全然怖がらない。そのカモメは至近距離で見るととても大きくて恐いほど。体自体も大きいが、嘴は鋭く水鳥なので足の水かきも大きい。かなり長い間、同じ場所に止まっていたが、その日はどこかへ飛び立っていった。
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そしてよく翌日の夕方、買い物から帰ると、また同じカモメが飛んで来て手摺に止まった。
またしばらくすれば、どこかへ飛んで行くだろうと思って本を読んでいたが、ふと外を見ると、まだ同じところに止まっている。とうとう、夫がパンの耳を持ってきて、バルコニーのドアを開けた。すぐ逃げると思ったが、全く動かない。夫がパンの耳を空中に放り投げると、手摺に止まったまま大きいパンの耳を上手にキャッチして一口で飲み込んだ。
一瞬のことだった。そして小雨の中、そのままジーッと止まっている。嘴の周りの産毛が風になびいて寒そうだ。かなり時間が経った。人の心に訴えるように、鋭い声で何か切なそうに鳴いたかと思うと、どこかに飛び立っていった。
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アパートのバルコニーは沢山あるのに、何故私の部屋のバルコニーに来るのだろう。どうも人が帰ってきた部屋を見つけて、飛んで来るのかもしれない。きっと人がいれば餌をもらえることをどこかで学んだのだろう。

カナダでは野生動物にエサをやることは禁止されている。野性の鳥や動物が自然の中で生きるのは大変なことだが、安易に人からエサをもらい、自分でエサをとる事ができなくなってしまえば、生きてはいけない。だから、野生動物への餌付けは、動物虐待だと考えられている。「エサを欲しがるから」「可愛いから」餌をやることが、まさか虐待とまで思わなかったが、結果を考えればそのとおりだ、また、野生動物や鳥に接すれば、私達が色々な菌やウィルスが感染することもある。
私達人間のため、野生動物のためにも、やはり安易に餌をやってはならないのだ。
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# by amtask | 2007-01-10 10:53 | Comments(2)

バンクーバーの異常気象ー続き

一日中風が吹きまくった木曜日、外出の予定も取りやめて家に籠っていた。そして翌日の金曜日、朝起きたら雪が降っていて、真下に見える歩道や屋根は真っ白に雪が積もっていた。アパートのエントランスに続くアプローチを管理人さんが雪かきをしている。プールサイドにも薄く雪が積もり、人の足跡がついている。
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風が止むと雨になることは日本でも同じだ。そして気温が下がれば雪になり、それが止めば、天気は回復するだろう。しかし、現実はちょっと違っていた。朝から降っていた雪は夕方雨に変り、ほっとしたのも束の間、ゴーッという音が!「まさかまた風が?」と窓の外を見ると、真下に見えるプールの水面にさざなみが立っている。その風の音はだんだん強くなり、夜寝る頃になってもおさまるどころか、ますます強くなる。10階のアパートの窓は大きく、見晴らしの良いのは嬉しいが、こんな時は本当に恐い。ガラス窓は低い位置から天井まであり、外側の壁面のほとんどはガラスで覆われている。遮るものがないだけに、風をもろに受け、その大きなガラス窓がきしみ、カタカタと音を立てている。このガラスが1枚でも割れたらどうなるのかと思うとゾーっとする。昨年の嵐の時も、停電した地域があったという。今できることと言えば、ろうそくと懐中電灯を確認し、ひたすら嵐が収まるのを待つだけだ。
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夜1時頃、ようやく風もおさまり安心してベッドにもぐりこんだ。ウトウトしたと思ったら、またゴーッという音が!寝室の外側の壁面も居間と同じように天井までガラスで覆われている。窓ガラスの枠が軋む音がして恐かった!しかし、安全な場所はどこだろうと考えているうちに眠ってしまった。
そして今朝、窓の外を見ると、空は晴れ、昨日の夕方まで積もっていた雪は跡形もなく、屋根も道路も乾いている。
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海の方に目をやると、大きくて薄い光の月がまだぼんやりと空に浮かんでいる。何事もなかったように鴎が空を飛んでいる。海の沖にはいつもの週末と同じようにヨットが出ている。昨日の嵐は何だったのか。
朝食の時にテレビをつけるとニュースで昨夜の嵐の被害を報じていた、ノースバンクーバーでは、停電になった地域があった。またBCプレ-ススタディアムのドームに穴が開いたなど、被害の状況が写し出されていた。やはり凄い嵐だったのだ。

昨夜の嵐は本当に恐かった。次はどんな異常気象が起きるのだろう。日本でも、今までにない竜巻が北海道で起きている。前代未聞の災害に備えるには、どうすればよいのか、安全な場所はどこなのか、そんなことを考えた夜だった。
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# by amtask | 2007-01-07 05:42 | Comments(0)

バンクーバーの異常気象

私達がたった2ヶ月バンクーバーを留守にしていた間、バンクーバーでは異常気象が続いたという。そのために日常生活にも支障が出るほどだと、アパートの近くに住む友人がメールで知らせてきた。その頃、どんな異常気象が起きていたのか、ニュースをまとめてみると、
私達が日本に戻った直後の10月末、BC州北部地域で、数千世帯が停電状態に陥るほどの吹雪になった。また、バンクーバー近郊では、激しい雨が1週間も続き、河が氾濫し民家に非難命令が出た。また、11月に嵐が3つも来て雨が続き、11月の降水量としては過去最高記録を更新した。その雨に寒気団が加わり大雪になった。こんなに早く雪が降るのも例年にないことだ。この嵐で20万世帯が停電となり、スタンレーパークに通じるライオンゲートブリッジも木が倒れて道をふさいだ為、通行禁止になった。学校の多くが閉鎖した。
9月末から10月初旬にかけて、友人グループが日本から観光旅行で来たが、秋には珍しく滞在中の2週間ほとんど毎日晴天が続いた。これが異常気象の始まりだったようだ。
バンクーバーで雪が降る事はめったになく、たとえ降っても積もる事はまずない。 ところが、11月末の雪は3~4日も降り続き、あたり一面真っ白になるほど積もったという。
過去に私達は、スキー旅行の帰りに何度も冬のバンクーバーを訪れているが、雪に降られたことは一度もなかった。
3度目の嵐は1960年代以来の大きな台風だという。バンクーバーに長年住む80歳のおばあさんも、この一連の気象現象を「こんな気象は生まれて初めて」というぐらい異常だった。このような天候のため、人々の生活も随分影響があったという。大洪水の時には、水道から出る水が濁っているため、スーパーの店先からペットボトルの水があっという間に姿を消した。停電になった地域では、腐った食品の処理など大変だった。嵐の後は、あの大きなスタンレーパークが閉鎖になったなど、色々な話が伝わってきた。
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私が12月末バンクーバーに戻った時は、きれいに晴れてそんな話は嘘のようだった。そして年末から年始にかけては穏やかで暖かく、雨が降っても夕方には晴れて暖かくなるという天気だった。ところが3日は雨があがった後、一瞬だがきれいな虹が見えた。そのまま晴れるのかと思ったら、また黒い雲が・・・
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そして今朝起きた時は薄日がさしていたのに、朝食が終わって外を見ると、白い鴎が群れをなして、紺色の海の上を乱舞していた。と思ったら、急に強い風が吹き始め、いつも穏やかな海には白い波が立つのが見えた。そして強い風は夜まで吹きまくったのだ。
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日本でもバンクーバーに発つ前夜、嵐のような天気で雷が鳴り、稲妻が光っていた。そして出発の日は、春のようなぽかぽか陽気で気温は20度まで上がった。
日本もカナダも、そして地球全体に異常気象が起きているのだろうか。
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# by amtask | 2007-01-06 05:39 | Comments(2)

A Happy New Year 

明けましておめでとうございます
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2007年のお正月は、バンクーバーで迎えました。
何もしないお正月、それでも大晦日には掃除や洗濯をして、年越し蕎麦を食べ、元日にはお雑煮を食べました。ちょっと淋しいお正月ですが、シンプルライフを自然にできるのがカナダかもしれません。
またしばらくは、日本とカナダを行ったり来たりすることになりますが、日本とカナダの国の良いところ、たくさん見つけ、2つの国に住める幸せを感じたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願い致します。
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# by amtask | 2007-01-04 05:09 | Comments(2)

バンクーバーの大晦日

バンクーバーの年末年始はどんな様子だろうと思っていたら、ほとんど平常時と変らない週末だった。近所の大手スーパーも、クリスマスに1日休んだだけで、年末年始は無休で開いている。街を歩くと、いつもの週末と違って、レストランはガラガラで、スーパーのレジが長蛇の列だった。きっと家でホームパティーをする人が多いのだろう。
私達の年越しは、年越しそばを夕食時のスープとして食べたぐらいだった。紅白歌合戦も除夜の鐘もない大晦日はちょっと寂しいけれど、とても楽な大晦日。
何もしない代わり、近所のクリスマスイルミネーションを見に行った。
お正月も門松もないバンクーバーは、1月過ぎてもクリスマスイルミネーションを見る事ができる。
まず私達は、ダウンタウンの大きな病院(セントポール病院)のイルミネーションを見に行った。
病院なのに、なんでこんなに派手なのだろうと思うぐらい明るいイルミネーションだ。この病院で病気が治った人や、亡くなった人の家族が感謝の気持を込めて、希望の星を寄付するという。。
一つ一つの星には、それぞれの人々の祈りや希望が込められている。
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行く途中、普通の家だが、とてもきれいな電飾を見つけた。
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消防署の消防自動車もイルミネーションに囲まれて、非常時の出動に備えている。
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もうすぐバンクーバーも新年を迎える。平和で明るい新年でありますように!
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# by amtask | 2007-01-01 17:06 | Comments(2)

今年3度目のバンクーバー

数えてみたら今年3回目のバンクーバー行きだった。
飛行機は約1時間遅れたが、無事、陽射しがまばゆい昼下がりのバンクーバー空港に到着、税関で多少のトラブルがあったものの、午後まだ明るいうちに、アパートに着いた。
クリスマスは過ぎていたが、玄関のクリスマスツリーが私達を出迎えてくれた。お正月がないカナダでは1月までクリスマスイルミネーションやツリーを飾る習慣がある。
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10月の末に日本に戻る時に見た紅葉もすっかり葉を落とし、景色は冬枯れに変っていた。アパートの窓から見える山の頂上にはうっすらと雪が積もっている。海の方の目をやると、少し鉛色の海が波立っている。
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2ヶ月留守にしたアパートの部屋どうなっているのだろう。私達がいない間に、大雨やバンクーバーにしては珍しい雪が降ったという。また近くにある大きな公園が閉鎖になるほどの暴風雨があったというので、ドアを開けるまでちょっと不安があった。
アパートのドアを開けると、郵便物やDMの山で、ドアが開かないほど。郵便・広告などは部屋のドアのポストから部屋に投げ込まれるからだ。
置き忘れた鉢植えの花がドライフラワーになって散らばっていた。窓を閉め切ってあるためか、テーブルや棚の上には全然埃がない。台所の時計は、まだサマータイムを刻んでいる。2ヶ月の時間の長さは、こんなものだった。留守の間にも暖房が入っているので、部屋は程よく暖かく、熱いお湯も豊富に出るのは、とても心地よい。ようやく自分の部屋に帰ってきた実感がわいた。

どうして日本に居るときはあんなに忙しい気持になるのだろう。それがたった9時間のフライトで別世界のバンクーバーに着いた。日本という現実から切り離された気分だ。
日本に居る忙しい私、カナダではゆったり過ごす私、どっちが自分らしい私なのだろうかと思いながら、簡単に掃除を済ませた。

日本を出発したのが27日、そして今日はまだ27日、一日得した気分。今年もあと4日、日本に居ればお正月の準備に取り掛かる時期だ。でも日本の伝統や習慣はすっかり日本に置いてきた私達は、どんな年末年始を過ごすことになるのだろう。
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# by amtask | 2006-12-29 12:24 | Comments(2)

ひとり言 12月3日 日本とカナダの違い 3つの不思議

私のホームペーの中の「ひとり言」はパソコンの環境により、しばらく更新できません。そこで、ブログ「風のたよりfrom バンクーバー」上に載せることにしました。テーマが、バンクーバーから外れることもありますが、ご覧戴ければ幸いです。

通算約6ヶ月をカナダで暮してみて、日常生活の中でいくつか、カナダと日本の違いに気が付いた。その中で、どうしても気にかかること、どうしてもわからないことが3つある。

まず1つ目、日本ではだいぶ以前からウォシュレットが普及しているのに、カナダではホテルでもアパートでも、ウォシュレットを見たことない。それはヨーロッパのホテルでも感じたことだ。
日本人向けのフリーペーパーや雑誌には広告が載っているのだが、どうしてあんな「優れもの」が普及しないのだろう。ある日入浴しながら、考えてみた。
バンクーバーのアパートの浴室は欧米型で、1つの空間にトイレ・洗面所・浴槽がある。
日本では浴室とトイレは互いに独立していることが多い。浴室も浴槽と洗い場があり、省エネのためか、普通1人づつお湯を換えることはしない。

欧米型は、浴室には浴槽があっても洗い場はなく、浴槽のお湯は1人づつ入れ替える。
カナダでは、浴室・トイレ・洗面所の空間全体を“Wash room” と言う。排泄・洗面・入浴は全部“Wash”だと考えているようだ。マーケットにトイレットペーパーを買いに行くと“Wash room tissue”として売っている。どうもこのあたりにウォシュレットが普及していない理由がありそうだ。カナダでは1回づつお湯を取りかえれるので、自分が入浴し終わった後のお湯をきれいに保つ必要がない。だからWash roomは人間の体全体を清潔にする部屋であるので、わざわざ部分的に体を洗うウォシュレットが必要ないと考えるのかもしれない。でもウォシュレットは資源の乏しい日本で、清潔好きの日本人が考えた「優れもの」であることは間違いない。
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2つ目、日本ではお母さん達が、ヘルメットや帽子も被らせないで、自転車の前や後に子供や幼児を乗せているのをよく見かける。カナダで暮らす前から、そんな光景を見るたびに不安に思っていた。それも前と後、同時に2人も乗せている人もいる。何か起きれば大変なことになるのは容易に想像がつく。
バンクーバーでは、2人乗りの自転車はあるが、子供との相乗りは見たことがない。自転車に乗るときは、子供も大人もヘルメットを被っている。なぜ、日本のお母さんは、子供の頭を守ろうとしないのか不思議でならない。自転車に乗っている本人は、とっさの時、ある程度反射的に自分の身を守れるが、乗せられている子供は自分で身を守れないで、無防備な状態で放り出されるだろう。想像しただけでも恐くなる。
日本人とカナダ人のリスクについての考え方の違いなのだろうか。日本人は「自分にだけは、何事も起こらないだろう」と根拠もなく考え、何年も子供を乗せて自転車に乗っているが、何も起きないのだから大丈夫と思うのかもしれない。それに比べてカナダの人は、万が一の確率であっても、リスクがある以上、それを回避・軽減する方法をとるのが当然と考えるのだろう。資産運用や災害だけでなく、そんな日常的なところにも、日本とカナダではリスクに対する考え方の違いがあるのかもしれない。
最近日本でもたまに、自転車に乗せる子供にヘルメットを被らせているのを見ると、少しほっとする。「転ばぬ先の杖」と同じように「転ばぬ先のヘルメット」が必要だ。

3つ目、バンクーバーの台所で、新しく買ったお鍋の蓋に小さな穴があけられていることに気がついこと気が付いた。それは大きさや材質(ガラスでもステンレス)、高級品でも安物でも、バンクーバーで買ったお鍋には小さな穴があけられている。日本の家にあるお鍋には、確か穴が開いていなかったと思ったが、日本に戻ってすぐ調べてみると、やはりどのお鍋の蓋にも穴が無かった。色々考えてみても、未だにその理由が思いつかないでいる。
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# by amtask | 2006-12-03 10:59 | ◎ ひとり言 | Comments(5)

晩秋の上野公園

日本滞在も予定の半分が過ぎてしまった。バンクーバーの紅葉は日本に来る前に堪能してきたが、日本の秋も味わいたい。寒い冬がくる前に、紅葉を見に上野に行こう!それにその日は絶好の小春日和。
午後の上野公園は、秋の穏やかな陽を浴びて紅葉を楽しむ制服姿の修学旅行生の集団や、カメラを手にした中高年の人々で賑やかだった。
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黄色い葉に混ざって赤い紅葉もきれい。また散ってしまった紅葉も日本の秋の風情を醸し出している。明るい空に枝を広げる紅葉はひときわ鮮やかに見える。
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しばらく歩くと、東照宮にさしかかった。上野は何度も来ているが、東照宮があるとは知らなかった。その入り口には、子供の頃を思い出すような駄菓子屋さんがあった。五重の塔も紅葉が少なくなった木々の間から見ることができた。
そこを出て、忍の池に向かってあるいて行くと、下町風俗資料館があった。赤いポストが何ともレトロな感じで、寄席もある。
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久しぶりの上野だった。少し日本の秋に触れた気がした。
実はその日、実家の母の祥月命日だった。鶯谷駅近くの墓地を出ると東京国立博物館の裏門がある。上野公園はすぐ近く、紅葉を見る前にお参りを済ませた。まるで、亡き母が良い天気を用意してくれたような一日だった。
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# by amtask | 2006-12-02 00:37 | Comments(0)

バンクーバーの印象的な花

バンクーバーから日本に戻って約1ヶ月が経とうとしている。今頃バンクーバーはダークシーズン、紅葉した楓も散り、花も少なくなってしまう季節なのだろう。バンクーバーはダークシーズン以外は、色々な花が咲くきれいな街だ。日本にも同じような花はあるが、日本と違うのは、木が大きいこと、花が長持ちすることだ。
バンクーバーには桜や薔薇など華やかで美しい花がたくさんあるが、私にとって印象的な花が3つある。1つは、カナダ移住を心に決めた2001年4月のバンクーバー滞在で出会った石楠花、2つ目は今年の春、バンクーバーでその美しさに初めて気付いたマグノリア、3つ目は夏から秋まで咲き続ける逞しい紫陽花だ。

石楠花は、日本でもたまに見かけるが、バンクーバーの石楠花は、木が大きく花もたくさんついていて見事だ。
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マグノリア(木蓮)は、日本だと桜が終わる頃、ひっそりと庭の隅に咲いているイメージだが、バンクーバーのマグノリアは見上げるほど大きな木なので、花がよく見えないほどだ。つぼみがとても可憐な感じ。
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紫陽花は、日本では梅雨時だけに咲くと思われているが、バンクーバーでは私が行った7月初旬は満開だった。乾燥した真夏が来ると花の時期は終わるのかと思いきや、秋になっても咲き続けている。しかも枯れた花はドライフラワーとなっても、元気な花と共に堂々と咲いている。10月末にバンクーバーを離れる時にも、数は少なくなったものの、まだまだ元気な紫陽花が花の少ない街に彩を添えていた。(右下の紫陽花はビロード状になったドライフラワー)
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# by amtask | 2006-11-25 21:33 | Comments(2)

ひとり言 11月22日 過ぎたるは及ばざるがごとし

私のホームペーの中の「ひとり言」はパソコンの環境により、しばらく更新できません。そこで、ブログ「風のたよりfrom バンクーバー」上に載せることにしました。テーマが、バンクーバーから外れることもありますが、ご覧戴ければ幸いです。


2007年から団塊世代の大量定年が始まる。そのまま仕事に留まる人もいるが、ボランティア活動を始める人も多いだろう。ボランティアは善意で困った人を助けたい、自分が元気なうちに役に立ちたいという精神で、より良い社会には不可欠なものだと思う。でも、何事も行過ぎれば、弊害が出てくるのは、ボランティア活動にもいえることだ。

まず日本語教師として、私自身がボランティア活動のなかで感じたこと。
私が以前日本語教師として、ある日本語学校に所属していた。その団体は、Feeを取って、日本語を教えていたが、週1回ボランティア活動として、学習中の外国人のための日本語のFree Talkingの場を設けていた。時々、私もその活動に参加していた。そして、顔見知りになった中国人の女医さんが、Free Talkingの時間の後で、色々な書類の書き方などを尋ねてくるようになった。そんなある日、彼女は私に定期的な日本語の個別指導を私に頼んできた。自分が役に立てばと思い、その申し出を引き受けそうになったが、定期的に教えることはできないと断った。その理由は、私が所属している団体は営利目的の学校であり、その関連で知り合った生徒と定期的な取り決めをする場合は、学校を通さなければならないと思ったからだ。その当時から、日本語教師になりたい中高年は多く、無償でもよいから、という人も多かった。それは、ボランティアというより自分自身のために、裕福な人にも無償で教えてしまうことになる。結局、それが日本語学校の経営を危うくしている遠因にもなっている。

次は、最近、親しい友人から聞いた話。
彼女の夫、A氏は証券会社を退職後、地域のボランティア団体に所属した。 そして地域の人達の希望で、現役時代の経験を生かし、投資セミナーの講師をするようになった。
退職後しばらく落ち込んでいたA氏は自信を取り戻し、生き生きとした表情で講座の講師を務めた。受講生の多くは、夫の退職金の運用や老後資金の資産運用などを学びに来る中年の女性が多かった。その中の一人B子さんは、夫を数年前に亡くし、輸入雑貨店を経営していた。そしてA氏とB子さんは、九州の同じ町の出身だったことがわかり、他の受講生にない親しみを感じるようになった。
A氏は、1人で頑張っているB子さんの助けになればと思い、店の経営の相談にものることになった。彼はその「仕事」にやりがいを感じたようで、その店に頻繁に出入りするようになった。その結果、狭い地域の活動の中で、ジワジワと噂が広がっていった。
ふとした弾みで噂を耳にした友人は、夫であるA氏から事のいきさつを尋ねた。そして友人は次のように解釈したという。「A氏は家の中の書斎という物理的な居場所があったが、自分を必要としてくれる居場所が欲しかった。まだ仕事をしたいという願望も有った。それをB子さんの店に見つけたのかもしれない。」
私は友人の話を聞いて、「男の居場所」について考えてみた。多くの退職者と同じように、A氏の場合も、「男の居場所」が欲しかったのだろう。「男の居場所」とは何か?それは居酒屋やスポーツクラブのような遊びの場所ではなく、自分の能力が発揮できる仕事場ではないかと思う。A氏はB子さんの店に行けば、自分の能力の発揮できるだけでなく、同郷の気心知れた女性が、先生として崇めて、頼ってくれる。退職後の中高年の男性にとっては、まさに理想の「居場所」だったに違いない。それで足繁く通い、あることないことが噂になってしまった。過ぎた親切は、色々な憶測を生むのが常なのだ。これから団塊世代の大量定年が来年から始まる。このような退職したばかりの、まだ能力も気力もある中年が、ボランティア活動をすれば、このような意外な問題が起きることが予測できる。

私の所属していた日本語学校も、2007年以降、有能な団塊世代の先生がボランティア活動を始めたら経営が難しくなるのではと、少し心配している。日本語を教えることを生活の糧にしている日本語教師の足を引っ張ってはならない。これは他の業種にも言えることだが、ただや安過ぎるFeeで、労力や技術を売ってはいけないこともあるのだ。
友人の夫の場合、自分の能力を発揮したい、人の役に立ちたいと思っていた時、B子さんに頼られた。そして偶々彼女が独身だった。傍から見れば親切すぎる友人の夫の活動が、余分な憶測を生むのは目にみえている。もし、A氏が足繁く通う本当の理由が「男の居場所」だけだったとしても、このような噂は時に、友人の家庭に思わぬ波紋を投げかける。またB子さんの商売にも悪影響を及ぼす事も考えられる。
最近友人の夫A氏は、あの善意と努力は何だったのか、と意外な成り行きに驚き、すっかり人付き合いに自信を無くしてしまったという。

行過ぎたボランティア活動や過度の善意は、人のためではなく、自分の自己満足のためだというのは、言い過ぎだろうか。
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# by amtask | 2006-11-23 11:39 | ◎ ひとり言 | Comments(2)